『だから私は推しました』ダブルミーニングの作品名が意図したもの 森下佳子が仕掛けた“真実と嘘”

『だから私は推しました』森下脚本の構造を読む

 1話において愛はハナを「もう1人の自分」と言った。「私自身が誰かに推されたい人間だった。それを変えてくれた」と取調室で語る1話の愛と、「私は愛さんと会って生まれ変われた」「推すって愛だって、今度は私が誰かにそう感じさせることができる生き方ができたら」と語る8話のハナ。時間と空間、そしてドラマの時間軸を大きく隔てたところで、彼女たちはコール/レスポンスする。そして2人はほとんど同じことを話しているのである。この関係性は、花鈴(松田るか)と小豆沢(細田善彦)をはじめとする「サニーサイドアップ」のアイドルとそれぞれを応援するオタクの組み合わせにおいても言える。

 しかし、ただ「誰かを推すって素晴らしい」で終わらないのがこのドラマの凄さであり、森下佳子の凄さである。女友達ならではの嫉妬やマウンティング、同情といった生々しい感情も垣間見せつつ、ハナを応援することにのめりこむあまり、風俗まがいのアルバイトに手を出したりする愛のことを心から心配し忠告する同僚・真衣(篠原真衣)が言い放つ「共依存」という言葉が、愛とハナの関係の危うい一面であることは否定できない。

 8話における事件の詳細を伝えるニュース番組で「よくわからない」と一緒くたに片付けられた瓜田と愛のハナを巡る行動は、ハナのための洗濯機と加湿器の購入、CM出演商品の広告効果を高めたいがための卵パック大量購入と共通している。ただ卵をハナのため、ハナとタイプの異なる動画配信のために使った愛と、卵パックを、ハナを監禁するための部屋に使った瓜田という違いがあるだけだ。この関係性も、瞬き一つでいとも簡単に転換してしまいかねない怖さがある。だからこそ、愛とハナは距離を置く必要があった。

 愛もハナも無力だ。推しのためにできることは限られているし、社会の仕組みを変えることができるわけでもない。「やっと辿りついた天国」のような居場所は、あっけなく誰かの新しい夢にかき消されてしまうし、彼女たちはいつも何かを間違える。それでも、かつていじめてしまった松田に会いにいくという「絶対にやらなきゃいけないこと」をハナはやり、それを間接的に知って喜ぶ愛もまた、ハナを推す事以外に自分らしくいられる場所を見つけた。彼女の周りには小豆沢や、彼女を慕う人々がいて、ハナとも心の中で繋がっている。それだけでいい。きっと、間違っていない。このドラマは、そう言い聞かせる私たちのドラマなのだ。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
よるドラ『だから私は推しました』
最終回再放送NHK総合にて、9月21日(土)午前0時40分から1時9分(金曜深夜)
出演:桜井ユキ、白石聖、細田善彦、松田るか、笠原秀幸、田中珠里、松川星、天木じゅん、澤部佑、村杉蝉之介ほか
作:森下佳子
音楽:蔡忠浩(bonobos)
制作統括:三鬼一希
プロデューサー:高橋優香子
演出:保坂慶太、姜暎樹、渡邊良雄
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/drama/yoru/doruota/

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