ピーター・バラカンが解説、“ブルーノート・レコード”が唯一無二のレーベルとなった理由

P・バラカンが語る、ブルーノート・レコード

時代を超えて共鳴するメッセージ

――また映画では60年代から一気にヒップホップにつながっていきます。いわゆるジャズ史的にその間にあるフリー・ジャズやファンク、フュージョンも大きなトピックですが、大胆にジャンプした印象です。

バラカン:その前半と後半を結ぶのは「インナー・シティの音楽表現」ですね。要するに昔はジャズが黒人のゲットーを表現した音楽でしたし、それが80年代以降はヒップホップになったと。同じ表現としてヒップホップの人たちがジャズをどの様に取り入れたかという話を接着材にしています。それを象徴しているのがハービー・ハンコックとウェイン・ショーターの存在。

――そのふたりと、現代ジャズの若手で結成されたブルーノート・オールスターズのセッションの模様は映画のハイライトですね。

バラカン:特にハービーは何でもできる人なんです。頭脳派でもあるけど、めちゃくちゃファンキーな曲も作るし、誰よりも早くターンテーブルを取り入れました。どのジャズ・ミュージシャンにも尊敬されていますし、映画を観てもレベルの高さがわかると思います。ただブルーノート・オールスターズは上手なんですけど、グループとしての魅力はぼくにはちょっと物足りないんです。

――どこが物足りなかったのでしょう。

バラカン:ハービーやウェインと比べて、物足りないのは作曲じゃないですかね。ヒップホップの時代ってグルーヴがすべてなので、曲作りの考え方が昔とは違うんです。だから印象に残るようなコード進行やメロディ、編曲は少ない。それを期待するのも間違いかもしれないんですけど、そういう意味で今のジャズは昔とかなり変わりました。これはポピュラー音楽全体に関して言えることかもしれません。

 シンプルなコード進行で、下手したら3つの音くらいでできているメロディもあります。そういう音楽を聴いて育った人はそれが当たり前ですし、否定はしないんですけど昔のポップ・ミュージックを知っている僕の世代にとっては少し物足りないんです。

 50年、60年代には「モーニン」、「ウォーターメロン・マン」、「ザ・サイドワインダー」や「ソング・フォー・マイ・ファーザー」など皆が知っている曲がありました。それ以降だと演奏技術は素晴らしいですが、好きな曲を答えるのは難しい。ジャズのミュージシャンが必ずしも印象に残る曲を作らなきゃいけないわけではありませんが、昔のブルーノートには良い曲があった気がします。

――ほかに印象に残っているシーンがあれば教えてください。

バラカン:最初はブギウギとかディキシーランドみたいな40年代にしては古いスタイルの音楽を録音していたのに、はじめて手を付けたモダン・ジャズのプレイヤーがセロニアス・モンクだったことに改めて驚きました。初期のモダン・ジャズのなかで最も実験的でユニークな存在ですよ。「下手くそ」「ぜんぜん弾けない」とさんざん言われて、認められるようになったのは60年代ですからね。

 そんな彼にお金を出して、5年間ずっとレコードを作ったのがブルーノートなんです。ほかのアーティスの作品を出したのは少しあとだったようで、初期はひたすらモンク。いきなり難解なピアニストに目を付けるのはすごい感覚だなと思いました。

――自分を貫くモンクやレーベルの姿勢とヒップホップの典型的な「自分自身であれ」というメッセージが時代を超えて共鳴するんですよね。

バラカン:あの世代の人たちがブルーノートの作品からインスピレイションを受けるのはとても理解できますよ。モンクの初期のレコードはもう70年前です。いきなり若い人に聴けといっても聴かないだろうけど(笑)。でも本作で好奇心がわいて、手に取るきっかけになったら素敵ですね。

(取材・文=小池直也/写真=服部健太郎)

■ピーター・バラカン
1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在フリーのブロードキャスターとして活動、「Barakan Beat」(インターFM)、「Weekend Sunshine」(NHK-FM)、「Lifestyle Museum」(東京FM)などを担当。 著書に『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『ラジオのこちら側で』(岩波新書)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+α文庫)などがある。

■公開情報
『ブルーノート・レコード ジャズを越えて』
9月6日(金)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次公開
監督:ソフィー・フーバー
出演:ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ルー・ドナルドソン、ノラ・ジョーンズ、ロバート・グラスパー、アンブローズ・アキンムシーレ、ケンドリック・スコット、ドン・ウォズ、アリ・シャヒード・ムハマド(ア・トライブ・コールド・クエスト)、テラス・マーティン、ケンドリック・ラマー(声の出演) etc.
字幕翻訳:行方均
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT
協力:スターキャット
2018年 スイス/米/英合作 85分
(c)MIRA FILM
公式サイト: https://www.universal-music.co.jp/cinema/bluenote/

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