『ダンスウィズミー』は旅とともに多ジャンルを横断 アンチ・ミュージカルの物語が伝えるもの

 たしかに、世の中にミュージカルアレルギーをもっている人は多い。対人コミュニケーションにおいてや、いち個人の感情の機微を歌や踊りで表現するというのは、「リアリティ」といった観点から見れば斜に構えてしまってもとうぜんである。だが、「心が躍る」といった慣用句があるように、つい小躍りのひとつでも演じてみたくなることは誰にだってあるだろう。

 “本当は歌いたいし踊りたい”ーーそんな静香の奥底に眠っていた想いを、ひょんなことで出会った催眠術師が引き出してしまうのだ。過去のトラウマ、抑圧からの解放である。しかし静香にとって、こんな特異な体質にされてしまったことはありがた迷惑である。大事な仕事にも支障をきたしてしまうし、デート中に踊り狂えばロマンスもへったくれもない。こうして彼女は、この催眠術を解いてもらうべく、行方をくらましたマーチン上田を探す旅に出る。“派手な踊り”によって高級レストランを滅茶苦茶にしてしまった彼女は多額の借金を背負い一文無しとなり、家財すべてを引き払い、華やかなファッションもTシャツとジーンズに替えざるを得ない。これは元の自分を取り戻すための、文字通りゼロからのスタートである。しかし、彼女が本当に求める“元の自分”とはなんなのか? おそらく彼女がたどり着くのは、“ありのままの自分”だろう。旅の途上、「夢の中へ」「年下の男の子」「タイムマシンにおねがい」といった名曲を歌って踊り、仲間と出会い、別れを経て、物語は大団円へと向かっていくのだ。

 本作が愉快で痛快なのは、ロマンス、友情モノ、ロードムービーといった多ジャンルを、旅とともに横断していくことだ。そもそもミュージカルというのは、独立したジャンルとしては成り立たない。“ミュージカル”というジャンル以前に、なんらかのドラマがなければ物語は駆動しないのだ。つまり、他ジャンルを必ず内包し、それを歌と踊りで展開させていくのがミュージカルなのである。しかしここまで多くのジャンルが交錯するとなると、もはやお祭り騒ぎの態といったところなのだ。

 歩き疲れて靴のかかとをすり減らすよりは、“ありのまま”に踊ってすり減らす方が楽しいに決まっている。しかしそうもいかないところが、人生のままならなさだ。幼少期を懐かしみ、“タイムマシンにおねがい”するよりも、歌えばよい。“夢の中へ”入らずとも、「それより僕と踊りませんか」と手に手を取り合って、踊ればよい。だがそれが難しい世の中であるのは事実であって、それならば、『ダンスウィズミー』を観ればよい。まるでお祭りのような作品でありながら、本作が実際のお祭りと違うのは、祭りのあとのあの寂しさはなく、劇場を出たあとも高揚感が持続することである。

■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。Twitter

■公開情報
『ダンスウィズミー』
全国公開中
原作・脚本・監督:矢口史靖
出演:三吉彩花、やしろ優、chay、三浦貴大、ムロツヨシ、宝田明
企画・制作プロダクション:アルタミラピクチャーズ
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2019「ダンスウィズミー」製作委員会
公式サイト:dancewithme.jp
公式Twitter:@dancewithmefilm

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