『火口のふたり』は価値観や恋愛観に強く揺さぶりをかけてくる 大人へと向けられた究極の愛の物語

 風力発電機が屹立する閑散とした海辺に佇む賢治と直子の姿は、これから崩壊するのではなく、すでに崩壊してしまった世界に、ただ二人だけでとり残されてしまったようにも見える。もし明日がこないことを知っていたとしたら、共に過ごす相手も、場所も、することも、きっと違ってくる。でもどうして未来が続いてゆくのなら、そんな生き方をしてはいけないのだろう。ただ今日という日それだけを、「身体の言い分」で生きられないのだろう。年を重ねれば重ねるほど、愛は難しい。すべてのしがらみから解き放たれ、ただ二人だけで生きられるような世界など、白昼夢でしかないことをすでに知っている。「身体の言い分」を清々しく肯定して見せる二人は、わたしたちそれぞれの価値観や恋愛観に強く揺さぶりをかけてくる。これを壊れかけの世界の、壊れかけの恋愛だと突き放してしまえるだろうか。きっとそんなことを誰かと語り合いたくなるに違いない。

 『火口のふたり』は、赤くドロドロした熱量を宿して、ほくそ笑んでいる。「身体の言い分」よりも、「頭の言い分」に従順なわたしたちに向かって。

■児玉美月
大学院ではトランスジェンダー映画についての修士論文を執筆。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter

■公開情報
『火口のふたり』
2019年8月23日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開
出演:柄本佑、瀧内公美
原作:白石一文『火口のふたり』(河出文庫刊)
脚本・監督:荒井晴彦
音楽:下田逸郎
製作:瀬井哲也、小西啓介、梅川治男
エグゼクティブプロデューサー:岡本東郎、森重晃
プロデューサー:田辺隆史、行実良
写真:野村佐紀子
絵:蜷川みほ
タイトル:町口覚
配給:ファントム・フィルム
レイティング:R18+
(c)2019「火口のふたり」製作委員会

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