香取慎吾がボロボロになって、逃げ続けているーー『凪待ち』が描く「喪失と再生」

香取慎吾主演『凪待ち』が描く「喪失と再生」

香取の転機ともリンクする「再生」の令和へ


 この映画は、ある種のパラレルワールドかもしれない。自分たちだって、いや香取慎吾でさえ、一歩間違えていたら……と、ゾワゾワするリアルな闇。堕ちていく郁男を、見るのはとてもしんどい。“あの香取慎吾が演じているのだ“と時々フィクションであることを思い出させてくれるからこそ、見続けられた部分もある。それでも恋人のへそくりをコソコソと抜き、酒をあおって祭りの会場をふらついたり、殴られ続けて血まみれになる姿は衝撃的だった。

 私たちは平成の30年間で、香取慎吾という人に「善意」のようなものを投影してきたところがある。心に残る歌でみんなを勇気づけ、大きな災害があれば率先して復興支援を呼びかけ、パラスポーツの魅力を発信していった……他にも挙げたらきりがない。老若男女の誰もがハッピーになれるように、エンタメの最前線を駆け抜けてきた人だ。どんなときも、もがきながら新境地を開拓してきた。「逃げない男」、それが私たちの知る香取慎吾だ。

 その香取が、ボロボロになって、逃げ続けている。行き先もわからぬままに。香取自身も「ゼロになる」喪失を経験したひとりだ。平成に築き上げたものを、一旦手放す覚悟をした。もちろん、現在の活躍を見る限り、新たな船出は多くのNAKAMAに支えられ、誰もが想像していた以上のチャンスを掴んでいった。だが、その当時の彼はいつだって「必死だ」と連呼していたのを思い出す。

 奇しくも、この作品を撮影したのは、そんな香取が必死にもがいていた時期だ。彼自身の大きな転機と、この映画のテーマとなっている「喪失と再生」がリンクし、この作品に大きな説得力が生まれた。郁男の表情が、鬼気迫る演技でもあり、彼のホンネなのかもしれないと思うと、より一層胸が苦しくなる。

 香取は言う「大変じゃないものってあまりない。大変じゃないってあんまりつまんないじゃないですか」。逃げながらも命を続けていくことはできる現代の日本。しかし、地に足を着けて「生きてる!」と胸を張って笑えるか。時代は、喪失が多かった平成から、新しい令和へと移った。ここから私たちの新たな「再生」が始まるのだろうか。

 郁男のこれからがどうなるかは、わからない。それは、観客1人ひとりの人生と同じ。だが、この映画を通じて郁男のような弱さが私たちの中にもいること。そして香取が見せてくれた、苦悩の時期こそ新境地を切り拓くという生命力の強さ、「こんな自分にもなれるんだ」という自分自身の予想を裏切り続ける生き様そのものに、私たちは「生きる」を手に入れるヒントと力をもらったように思う。

(文=佐藤結衣)

■公開情報
『凪待ち』
全国公開中
出演:香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー
監督:白石和彌
脚本:加藤正人
配給:キノフィルムズ
(c)2018「凪待ち」FILM PARTNERS

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