『アラジン』は“宝の洞窟”のような存在に!? 『シンデレラ』や『美女と野獣』との共通点と相違点

『アラジン』は“宝の洞窟”のような存在に!? 『シンデレラ』や『美女と野獣』との共通点と相違点

 このように認知度が高い作品において、ミュージカルというジャンルはとくに効力を発揮すると考えられる。多くの映画作品では、新鮮な表現が求められることが多いが、よく知っている曲、知っている場面があるほど、ミュージカルでは観客の心の琴線を揺さぶることになる。それは、ミュージックビデオを何度も見てしまう感覚にも似ている。ゆえに、リピーターが複数回鑑賞してくれるもケースも多くなる。

 とりわけ、アニメ版同様に音楽を担当したアラン・メンケンによる名曲「ホール・ニュー・ワールド」が始まるときの場面の高揚感は、アニメ版をビデオなどで何度も繰り返し観た観客であればあるほど、大きなものとなるだろう。本作では、アラジンとジャスミンが舞台となる王国アグラバーの市中にて初めて出会っているときにも「ホール・ニュー・ワールド」の旋律が控えめに流れるなど、周到な仕掛けが施され、より気分を高める工夫が用意されている。

 『アナと雪の女王』が、予告編などで「Let It Go」などの楽曲を強調したり、公開中にも関わらず、YouTubeなどで劇中曲を試聴できるようにしたり、ファンの歌唱動画を黙認したのも、劇中曲を認知させた方がヒットにつながるという戦略からである。その点、『アラジン』の曲は十分すぎるくらい浸透しているといえよう。

 日本のアニメ映画界においても、楽曲や歌が作品をヒットに結びつける可能性があるということについては、とくに『君の名は。』(2016年)以降、プロデューサーはじめ、作り手側が強く意識している部分である。実写版『アラジン』と同時期公開の『海獣の子供』、『きみと、波にのれたら』、それから『天気の子』など、人気アーティストによる楽曲の提供は、ヒットを狙いたい作品としては、もはや必須の試みになりつつある。しかし、ミュージカル文化が自らのものとして定着していない日本では、ミュージックビデオ風の演出を行うところまでが限界かもしれない。物語と演技、音楽の融合を、ミュージカルほど一体にすることは難しい。その点では、アメリカのエンターテインメントは一日の長があるのだ。

 そして、日本語吹き替え版では中村倫也が少々キザな雰囲気で声をあて、過去にアニメ版の日本語吹き替え版のアラジンを羽賀研二が担当していたように、男前でちょっとプレイボーイの印象のあるアラジンというキャラクターは、ディズニーによって創造された主人公のなかでは異色だといえ、このような、ある種“非ディズニー”的といえる点も、本作が観客の熱量を高めた理由の一つだといえるだろう。

 とはいえ、『アラジン』はロマンティックなミュージカルやラブストーリーだけが魅力の作品というわけでもない。本作の裏の主人公は、なんといっても魔神ジーニーである。もともとアニメ版で、ロビン・ウィリアムズ(日本語吹き替え版では山寺宏一)が声を担当し、モノマネやギャグを連発し続けるという悪ノリを見せたのがジーニーというキャラクターだった。そのあまりにやりたい放題な演技をアニメーションとして見せることで、ジーニーは主人公の何倍も目立ってしまっている。だからこそ本作は、『シンデレラ』や『美女と野獣』のような、より本格的なラブストーリー作品と比べ、恋愛描写にさほど興味のない観客にも受け入れられるという特徴を持っている。

 また、本作のジーニー役をウィル・スミスが演じたということが、ここでは非常な成果をあげている。ハリウッドにおいてあまりに大きな存在になってしまい、その力が逆に俳優としての軽快さを奪うことになっていた近年のウィル・スミスは、強大な力を持つ一方で縛られてもいるというジーニーの役に、あまりにもぴったりだといえないだろうか。公開前の予告編の時点では、青い肌のビジュアルが揶揄されてもいたが、いまとなっては、ウィル・スミス以外の俳優は考えられないほど、本作のジーニーは、はまり役だったといえよう。

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