松江哲明の“いま語りたい”一本 第40回
芦田愛菜が担うナビゲーターの重要性 観客を未知の世界へと誘う『海獣の子供』の挑戦
映画の始まりから、主人公の少女・琉花が歩くシーンが執拗に長く映されます。冒頭でも家を出てから学校に歩いて行くまでの姿を丁寧に描かれていました。歩いたり走ったりという「アクション」を見せ場にしているかのようです。その後、琉花が地面のない、水の中へと行くことへの対比となっていて、「ここ」とは異なる重力を観客に意識させていると思いました。
本作は物語よりも感覚に重きが置かれています。“感じる”映画の難しいところは、観客が置いてけぼりになりがちなことです。例えば、『鉄コン筋クリート』は、クロとシロという少年が主人公なんですが、観客がその2人に感情移入がしやすいかというと、そうではありません。それよりも舞台となる町やそこで生きる2人と住人たちの生き方を観察する、世界観を楽しむ作品だったと思います。それが原作者、松本大洋さんの素晴らしさだったし、映画でも見事に活かされていました。
私にとって90-00年代の刺激的な映画はまさにそういうものだったんです。起承転結で完結するでもなく、主人公の明確な成長を描くのでもなく、映画を通して「世界」を問うような作品がミニシアターという場で、ひそひそと集まった観客たちとで共有するような時代でした。当時はそういう映画に対して「分かりにくい」という批判もありましたが、絶対的に支持する観客はある一定数いたし、観客の側も「分からなくても観る(ブームに付いていく)」という意識があったと思います。『鉄コン筋クリート』は06年の公開ですが、アニメーションでそんなことに挑戦している、という印象が強く残っています。
あれから12年が過ぎ、映画の状況も大きく変わりましたが、『海獣の子供』は挑戦的な姿勢を崩さない一方で、芦田愛菜さんがキャスティングされていることが重要だと思いました。先ほども述べたように芦田さん演じる琉花は地に足がついている少女として描かれていますが、近年の受験の成功といった本人のイメージが相まって、とても浮世離れしていない、しっかりとした存在として映るのです。
本作の肝となる不思議な兄弟、海と空が現れると、作品の世界観が一気に広がりますが、その時、観客に寄り添っているのが、芦田さんの声でした。彼女が異世界に触れ、驚き、感動していることがちゃんと分かるから、私たちは置いてけぼりにされません。絵だけを見ると少女も少年たちも同じようなタッチで描かれていますが、声に関しては明確に差をつけています。極めて現実的な琉花と対比させるかのように、海と空の声は浮世離れしています。『鉄コン筋クリート』は観客をただただ圧倒させる映画で、あの時代だからこそ作れた作品だったと思いますが、本作は芦田さんがスクリーンと観客の間を繋ぎ、ナビゲーターのような役割を担ってくれています。私は改めて芦田さんは「引っ張る」役者なんだな、と実感しました。
少女は世界に触れるかのような壮大な体験をした後、ちょっとした(だけど大切な)成長を見せてくれます。その時、私は大きな円の中にいたかのような気持ちになりました。きっと見返す度に、発見のある作品だと思います。私の感想も数年後にはまた違ったものになりそうです。それこそが本作の大きな特徴なのでしょう。
(構成=安田周平)
■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作はテレビ東京系ドラマ『このマンガがすごい!』。
■公開情報
『海獣の子供』
全国公開中
原作:五十嵐大介『海獣の子供』(小学館 IKKICOMIX刊)
キャスト:芦田愛菜、石橋陽彩、浦上晟周、森崎ウィン、稲垣吾郎、蒼井優、渡辺徹、田中泯、富司純子
監督:渡辺歩
音楽:久石譲
キャラクターデザイン・総作画監督・演出:小西賢一
美術監督:木村真二
CGI監督:秋本賢一郎
色彩設計:伊東美由樹
音響監督:笠松広司
プロデューサー:田中栄子
アニメーション制作:STUDIO4℃
製作:「海獣の子供」製作委員会
配給:東宝映像事業部
(c)2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会
公式サイト:www.kaijunokodomo.com
公式Twitter:@kaiju_no_kodomo