『ゲット・アウト』『Us』が米社会にもたらした衝撃 ジョーダン・ピールの恐怖と笑いの原点とは
デビュー作にこめられた問題意識
コメディ界から映画界へ活躍の場を拡げたピールは、長編監督デビュー作『ゲット・アウト』でホラー映画の鋳型に人種問題を流し込んだコメディホラーという新たなジャンルを確立する。そのタイトルは、彼自身の敬愛するエディ・マーフィーがコメディアン時代の1983年に披露した『Haunted Houses』からヒントを得たもので、「ホラー映画『悪魔の棲む家』で人殺しのあった家を白人家族が訪れるけれど、足を踏み入れたとたん聞こえる“出ていけ(Get out!)” と言う声を彼らは無視したあげく、家の内装だとかに夢中になって全然出ていかない。僕たち黒人ならすぐに出ていくのに」というエディのネタは、「問題に無関心であり続けた人間は、残虐な行為が起こっても気づかずに傍観してしまう。私の作品の根底にあるのは、無関心への反抗だ」と語るピールの作家性に大きな影響を与えた。
作中で主人公の黒人青年を襲うのは、リベラル的言動を繰り広げている一方、自分が抱える黒人の使用人の存在にはまるで無関心な白人たち、そして白人社会の中でホワイトナイズドされてしまった黒人たち。複雑にもつれ絡み合った人間の潜在意識にある問題点を、白人と黒人どちらの立場にも属することのないピールの視点から暴いてみせた。
アメリカ社会とピール、それぞれに訪れた大きな変化
2009年のオバマ政権誕生によりアメリカ建国史上初めての黒人大統領を迎えた国民の多くは“この国のレイシズムは終わりを告げた”と感じていた。実際『ゲット・アウト』を製作していたピールのもとには、“人種ものはもはや時代遅れ”と批判の声が寄せられたという。しかし黒人に対する暴力事件は依然として多数発生しており、2013年に黒人少年が白人警官によって射殺されたことをきっかけに起こった抗議運動“ブラックライヴスマター”の存在が念頭にあった彼はその手を止めなかった。そして2017年有色人種排斥を公約に挙げるドナルド・トランプ候補の大統領就任、それに伴い各地で急増したヘイトクライムがニュースを騒がせるさなか公開された『ゲット・アウト』は予想外の大ヒットを記録する。
そして最新作『Us』で描かれるのは、幼少期に家族と休暇で訪れたサンタクルーズで経験したある出来事がトラウマとなり失語症となってしまったアデレートとその家族の物語。大人になり失語症を克服した彼女は、夫から息子、娘を連れサンタクルーズで休暇を過ごそうと持ちかけられる。過去の記憶から嫌がる彼女をよそに、一家は再びビーチへ向かう。夜、謎の来訪者によって一家の穏やかなバカンスは混乱に変わることに。別荘を襲った四人の侵入者は、アデレートたちのドッペルゲンガーだった。
『ゲット・アウト』の製作を通じピールが目の当たりにしたアメリカ社会の抱える二面性は『Us』の“本人VSドッペルゲンガー”という構図形成に色濃く影を落とした。また『ゲット・アウト』公開から5か月後に誕生した第一子の存在も自身の価値観に大きな拡がりをもたらしたという。
「父親になったことで、人生の主役はもはや自分ではないこと、キャリアよりももっと重要な存在があることが表現者としての僕を勇敢にさせたんだ。息子が幸せでいる限り、どんな声も怖くないからね」