「怖さ」を超える映画的興奮! 『ヘレディタリー』でアリ・アスターが到達した「高み」を検証
一方、80年代に入ってからのホラー映画はジャンルムービー化が進んで(その背景には供給先としてのレンタルビデオ店の普及があった)、安易な続編やスプラッター作品やセルフパロディが横行する、ある種の「雑さ」や「ユルさ」が多くの映画ファンから免罪されてきた(むしろ愛でられてきた?)ジャンルであった。その功罪については論を改める必要があるが、2010年代に入ってからのホラー映画の再メインストリーム化(最大のきっかけはジェームズ・ワンの『インシディアス』と『死霊館』だった)の理由には、そうした「雑さ」や「ユルさ」からの決別も大きかったはずだ。
そうした時代の流れも追い風にして、ホラーというジャンルに対して深い理解のある独立系映画製作会社A24のバックアップのもと、新人監督アスターは並外れた映画的素養とグリーナウェイ仕込みの作品デザイン(音響デザインも含む)への徹底したこだわりを本作『ヘレディタリー』に注ぎ込んでみせた。作品のデザインというと室内シーンのことを真っ先に思い浮かべる人も多いかもしれないが、本作においては制約のないカメラワークを可能にするためにロケ地に家のセットを丸ごと建てて撮影された室内シーンだけでなく、例えば屋外の墓地での埋葬シーンにおいては墓の下にある地面の断面をカメラの下降移動で見せるといった、これまで他のどんな作品でも観たことがないようなアイデアが随所に仕掛けられている。言うまでもなく、そのデザイン力と豊富なアイデアは彼自身が手がけた脚本にも隅々まで行き届いていて、本作には開いた口が塞がらないような驚愕の展開が終盤に待っているのだが、二度、三度と観直すと、ラストシーンへの伏線がストーリー上だけでなく細部の美術も含めて完璧に敷かれていることに驚かされる。『ヘレディタリー』はあらゆる点において、「観客に呪いをかける作品が、その精度において観客から揚げ足を取られるようであってはいけない」というアスターの強い信念に貫かれているのだ。
というわけで、決して「いや、それほど怖くないから」などと嘘を言うつもりはないが、怖い映画が苦手な人も、その「怖さ」を乗り越えてあまりある映画的興奮が『ヘレディタリー』にあることだけは約束できる。前述したようにベルイマンにも心酔しているアスターの次作は、そのベルイマンの故郷、スウェーデンのストックホルム近郊の小さな村で撮影された『Midsommar』(全米公開7月3日)。その予告編からは少女、邪教、謎の光といった『ヘレディタリー』と共通するモチーフも確認することができる。製作はA24。ジャンルはもちろんホラーだ。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。最新刊『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。Twitter
■リリース情報
『ヘレディタリー/継承』Blu-ray&DVD
4月10日(水)TSUTAYA先行レンタル開始
4月19日(金)発売
Blu-ray:4,700円+税
【仕様】本編127分+特典44分(予定)
16:9 ビスタ・サイズ/2層/音声1.[オリジナル英語]DTS-HDマスターオーディオ5.1ch,音声2.[日本語吹替]DTS-HDマスターオーディオ5.1ch/字幕1.日本語字幕 字幕2.日本語吹替字幕/1枚組
DVD:3,800円+税
【仕様】本編127分+特典44分(予定)
16:9 ビスタ・サイズ/片面2層/音声1.[オリジナル英語]ドルビーデジタル5.1chサラウンド,音声2.[日本語吹替]ドルビーデジタル5.1chサラウンド/字幕1.日本語字幕 字幕2.日本語吹替字幕/1枚組
※仕様は変更となる場合がございます。
【特典映像】「ヘレディタリー」の真実、未公開シーン、メイキング、予告編集(予定)
【封入特典】アウタースリーブ
監督・脚本 :アリ・アスター
出演:トニ・コレット、ガブリエル・バーン、アレックス・ウォルフ、ミリー・シャピロ
製作:A24 (ケビン・フレイクス、ラース・クヌードセン、バディ・パトリック)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
販売元:TCエンタテインメント
(c)2018 Hereditary Film Productions,