無精髭を生やし、山中で孤独な炭焼きに励む 稲垣吾郎が紡ぐひとつの“半世界”をのぞき見る
もし稲垣が、地方の炭焼き職人の家に生まれ、華々しい芸能界に入ることなく、大人になったとしたら、このような人生を過ごしていたのだろうか……そんなふうに思いを馳せるところから、“半世界”という言葉が心の中でズシンと響いてくるような気がした。
私たちはどう頑張っても、半分の世界しか生きられないのだ。自国と他国。地方と都市。自分と誰か。親と子。男と女……こっちの“世界”と、あっちの“世界”というボーダーを設ければ、いつだってその先には必ず知らない“半世界”ができる。誰ひとりとして、同じ世界を見ている人はいない。自分が見えている世界があれば、見えていない世界が常に存在し、永遠にすべてを網羅することはできない。また、ある選択をすれば、そうしなかったもうひとつの世界が生まれる。思わぬ事件・事故が起これば、そうならなかった世界を求めてしまう。
そして、本作の主人公たちのように、人生のハーフポイントとも呼べる年齢に差し掛かると、残りの人生という“半世界”も意識するようになる。同じスタートラインにいたはずの友人たちは、気づけば全く異なる世界で生きている。淡々と自分の世界を走り続ける中で、“本当にこの道でよかったのか”と不安になることも少なくない。“あのとき、あの道を選んでいれば”、”あのとき転ばなければ”……“もしかしたら、今ごろ別の世界を走っていたのかもしれない”、と。
地元に残って家業を継いだ紘と光彦と、海外に出た瑛介。結婚した紘と瑛介と、未婚の光彦……それぞれが異なる道を選んできたが、それでも紘も光彦も「二等辺三角形じゃない、正三角形だ」と瑛介に告げる。そして、3人で酒に酔って押しくら饅頭をしながら〈負けない事・投げ出さない事・逃げ出さない事・信じ抜く事/駄目になりそうな時 それが一番大事〉と、大事マンブラザーズバンドの「それが大事」を歌うシーンに、なんだか胸が熱くなる。
誰もが最善の選択をして、今の世界を生きている。だが、誰もそれが正解だとは教えてくれない。しかし、1人で走っていても、独りではないこと。理想通りとはいかなくても、自分の世界も悪くないと思えるのは、そんなふうに誰かと繋がれたときなのだろう。別の世界を生きているからこそ、どうしようもなくなった相手の世界から、新しい世界に手を差し伸べることもできる。
世界は、残酷で、孤独で、“駄目になりそうな時”で溢れている。それでも“生きること”は容赦なく続く。だからこそ、“半世界”にいる相手と繋がり、ときには押しくら饅頭をして温め合わないと凍えてしまう。その相手がいる世界が、たとえ想像を絶するあっち側の世界だったとしても……。本作は、稲垣が紡ぐひとつの“半世界“をのぞき見することで、それぞれの半世界を認め合い、そしてまだ見ぬ未来も大切にするキッカケを作ってくれる。
参照
・稲垣吾郎が人生半ばの炭焼き職人を演じる──映画『半世界』密着レポート|映画(ムービー)|GQ JAPAN
(文=佐藤結衣)
■公開情報
『半世界』
全国公開中
脚本・監督:阪本順治
出演:稲垣吾郎、長谷川博己、池脇千鶴、渋川清彦
配給:キノフィルムズ
(c)2018「半世界」FILM PARTNERS
公式サイト:http://hansekai.jp/