『悪人』『横道世之介』『怒り』など相次ぐ映画化 吉田修一作品が映画監督を魅了する理由とは

吉田修一作品が映画界に愛される理由

 吉田修一は自作「Water」の短編映画化で監督と脚本を務め、映画『悪人』でも李監督とともに脚本を書いた。だが、そもそも吉田の小説自体が、映像的要素を多分に含んでいるのである。象徴的なのは、芥川賞を受賞した中編『パーク・ライフ』(文春文庫刊)。主人公の男が、地下鉄で話しかけてきた女性と日比谷公園で再会する。コーヒーを持っていた通称「スタバ女」と主人公が微妙な距離感で交流するこの話に、ドラマチックな出来事はない。それなのに面白いのは、ちょっと奇妙な人物が出てきたりするからだろう。

 「スタバ女」には気になる存在がいた。いつも公園に来て、紐で箱を吊った気球を上げる老人だ。主人公たちがなぜそうしているのか質問すると、小型カメラを付けて真上から公園全体を映すのだという。だが、吊り下げた箱がクルクル回ってしまい、上手くいかない。なぜ公園を真上から映したいのかについては、老人は教えてくれなかった。

 『パーク・ライフ』が発表された2002年は、スターバックスが日本ではまだ目新しかった一方、安価で手軽に使えるドローンは普及していなかった。そんな時代の中編小説に現れた、上空から俯瞰したがる老人は、今見ているアングルとは違うアングルから見たいという吉田修一の作家としての欲望を象徴していたように感じられて興味深い。『悪人』以降、深化をみせた場所の描写も、『パーク・ライフ』のエピソードの執筆を経て成立したように思う。

 映画『楽園』は、4つの短編を収めた『犯罪小説集』から「青田Y字路」と「万屋善次郎」を組みあわせて物語を構築するという。「青田Y字路」では、過去に幼女誘拐事件が起きたY字路でまた同様の出来事が発生し、どこかに勤めることはせず母の商売を手伝う豪士(綾野剛)が疑われる。「万屋善次郎」では60代なのに限界集落では若手扱いされる善次郎(佐藤浩市)が、村おこしをめぐる行き違いから村八分にされる。どちらも地域になじめない男が追いつめられる構図だが、原作では別々の場所に設定されていた2つの物語をどう組みあわせて脚色するかが、ポイントだろう。

 

これに対し『太陽は動かない』のプロジェクトでは、『太陽は動かない』、『森は知っている』、『ウォーターゲーム』の「鷹野一彦シリーズ」3部作のうち前2作の内容を映画化し、吉田修一監修のオリジナルストーリーをWOWOWで連続ドラマ化する。同シリーズは、エネルギー関連の産業スパイである鷹野一彦(藤原竜也)が、世界的な活躍をみせるアクション小説。鷹野は特殊なチップを胸に埋めこまれているという、アクション・エンタテインメントの主人公らしい設定だ。実際の事件からヒントを得るなど、リアリスティックだったこれまでの吉田修一原作映画とは、スケールが異なる世界観である。

 これから公開される映像が、吉田修一作品の“場所”をどのように描くのか、注目したい。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

■公開情報
『太陽は動かない』
【映画】2020年公開予定
【連続ドラマ】WOWOWにて2020年放送予定
原作:吉田修一 『太陽は動かない』『森は知っている』(幻冬舎文庫刊)
監督:羽住英一郎
出演:藤原竜也ほか
制作プロダクション:ROBOT
製作幹事:WOWOW・ホリプロ

■公開情報
『楽園』
2019年秋全国公開
監督・脚本:瀬々敬久
出演:綾野剛、杉咲花、村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明、佐藤浩市
原作:吉田修一『犯罪小説集』(KADOKAWA刊)
配給:KADOKAWA
(c)2019「楽園」製作委員会

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