少女の通過儀礼から無我の境地までも描く 『若おかみは小学生!』がもたらす極上の映画体験

少女の通過儀礼から無我の境地までも描く 『若おかみは小学生!』がもたらす極上の映画体験

通過儀礼と無我の境地

 本作の物語は、オーソドックスな通過儀礼ものだ。少年少女の成長を描く上で、普遍的な題材である。本作においては、おっこが両親の死を受け入れる過程を、通過儀礼の期間として用いている。

 通過儀礼は分離、移行、合体の3つの段階からなると言われる。両親が亡くなったことで新しい土地にやってきて(分離)、若おかみになるための修行に励み(移行)、ただの小学生であり一人娘だったおっこが「私は春の屋の若おかみですから」と自覚する(合体)。とてもきれいに整頓された構成だ。

 アニメーション映画で少女の通過儀礼を描いた作品といえば、『魔女の宅急便』を思い出す(高坂氏は奇しくもこの映画には参加していない)。魔女のキキは13歳になり魔女修行で新しい街にやってくる。その街で意欲的に働いているが、やがて飛行能力を失い、黒猫のジジの言葉も分わからなくなる。そんな今までの自分を喪失し、親友の危機を前にデッキブラシで飛行するという新しい能力を得て成長する。ジジと会話する能力は失われるが、成長とはこれまでの自分の喪失とセットであり、通過儀礼とはその喪失を受け入れる過程でもある。(余談だがバンジージャンプは成人するための通過儀礼が起源だ。そして、本作の印象的な挿入歌の曲名は「ジンカンバンジージャンプ」である。

 『若おかみは小学生!』でおっこが喪失するものは、言うまでもなく両親である。しかし、おっこはその喪失を受け入れることができない。両親がすでにいないことは知識としては分かっている。しかし、実感することと、知識として頭に入れるということには大きな違いがある。映画は、この差異を“おっこが見る夢”として見事に描いている。

 幽霊と会話できる能力は、『魔女の宅急便』のキキが黒猫・ジジと会話できるということと同様の発想だ。そしてその能力は、通過儀礼期間の終了に伴い、失われる。成長とは喪失であり、古い自分の死でもある。

 本作の白眉は、おっこの成長がある種の「無私」的な価値観とともに描かれる点だ。関織子と本名を呼ばれた時におっこは、自分は春の屋の若おかみだと主張する。自分ではない何者かになることで、彼女は喪失を受け入れ成長する。自己の固有性を捨て去り(本名を呼ばれて「いいえ」と返す)、所属にアイデンティティを委ねる(春の屋の若おかみ)のは、むしろ自分を見失う愚かな選択だと思う人もいるかもしれない。

 この点については、高坂監督が公式サイトで明瞭に語っている。

「この映画の要諦は「自分探し」という、自我が肥大化した挙句の迷妄期の話では無く、その先にある「滅私」或いは仏教の「人の形成は五蘊の関係性に依る」、マルクスの言う「上部構造は(人の意識)は下部構造(その時の社会)が創る」を如何に描くかにある」

 仏教には無我の境地というものがある。人はたいてい自己意識や自由意志が存在すると思っているが、それらは全て実体のない錯覚に過ぎない。自己や我の意識はかえって束縛であり、それから自由になることこそ、人間の本質に近づくことである。

「私は春の屋の若おかみですから」

 なんてことのないシンプルな台詞である。しかしこの台詞の含蓄はとてつもなく深い。この台詞は、おっこが両親の死という大きな喪失を乗り越えたことの証でもあり、同時に自己意識という束縛から逃れた瞬間でもある。さらにそれが私欲を捨ててお客様のために尽くす、旅館の仕事として提示されることで、「無私」の精神をも描いている。無私とは我欲を捨てた状態のことで、他者を判断する際の私的な基準を配して他者と接することができる状態を指す。映画の序盤、おっこの祖母が、「普通のお客さんがいい」と不満を漏らすおっこに対して、普通なんて曖昧な基準で人を測るなと諭すシーンがある。「普通」などというひどく個人的な基準では、他者の苦しみを推し量ることなどできない。おっこは、祖母の言ったことの本当の意味に、最後にたどり着いているのだ。

 あらゆる生命を慈しむことの大切を知った時、人は本当に優しくなれる。生命の尊さを描いた映画は多々あれど、これほどの深度で、この軽やかさで描いた映画はそうそうない。高坂希太郎監督は本当にすごい仕事をした。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『若おかみは小学生!』
全国公開中
監督:高坂希太郎
原作:令丈ヒロ子
脚本:吉田玲子
出演:小林星蘭、水樹奈々、松田颯水、遠藤璃菜、小桜エツコ、一龍斎春水、一龍斎貞友、てらそままさき、薬丸裕英、鈴木杏樹、設楽統、小松未可子、ホラン千秋、山寺宏一、折笠富美子、田中誠人
配給:ギャガ
(c)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会
公式サイト:https://www.waka-okami.jp/movie/

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