立川シネマシティ・遠山武志の“娯楽の設計”第29回
公開本数の激増は映画館にとって福音か? デジタル上映の長短を考える
映画ファンにとってももちろんメリットはあります。選択肢は多いに越したことはないじゃないか、ということですね。もっとインド映画たくさんやってくれとか、『ヒックとドラゴン』の2と3を上映しろ、なんで『マザー!』日本でやんないんだよ、『ピッチ・パーフェクト3』公開見送られそうってウソだと言って、とかいう声はたくさんあります。とにかく何でもかんでも上映してほしいというのも、映画ファンの望みでしょう。
しかし、このことを踏まえた上で、僕はこの製作、公開本数の激増を少なくとも映画館にとっては自らの首を絞めるものになる可能性があるのではないか、と危惧しています。
まず、公開本数の増加によって、始まって終わるサイクルが早くなるのも、上映回数が絞られるのも、そのことで映画館の座席稼働率は上がるかも知れませんが、当然お客様にとってはスケジュール的にキツくなってきます。そのため、「まあ映画館で観なくてもいいか率」も併せて上昇する可能性があります。
また、これが一番大きな危惧なのですが、公開本数が激増することで、映画ファンそれぞれが観ている作品が分散されるため、同じ作品について語り合える可能性が低くなります。
とりわけ物語がある娯楽は、他者と共感しあったり、反発しあったりというのを強く要請してくる、と感じます。音楽やアートは、おそらくは概ね言語を介さないために、個人で楽しみ切れる部分が多いと思うのですが、小説、演劇、映画等は、心の内だけでは十分にその楽しみを味わい切れないのではないか、と感じています。もちろん1人では観に行けない、寂しいというような意味ではないですよ。むしろ1人でしか観ない人であっても、という話です。
他者との共感が、その魅力を上げるとか、観ようという動機の重要な要素のひとつであるエンタテイメントにとって、公開作品数が増加することは、良いことばかりではないということです。とりわけその場に行くというコストを要求する映画館や芝居小屋などにとっては長期的に見れば、集客のマイナスになるのではないかと感じています。映画館にわざわざ足を運ぶ理由に、周囲の人が観ているからというのは小さくないからです。特に熱心な映画ファン以外の方にとっては。
ただこの公開本数増加は誰かの統合的なコントロールによるものではなく、それぞれの自由な経済活動の結果としてあるものなので、解決の方法というものが存在するとは思えないというのも難しい点ですね。現状を受け入れて楽しむ(楽しんでいただく)方法を探るべきなのかも知れません。
SNSもなんとなく底が知れてきた近頃、1,200本公開時代の新しい映画感動共有文化は生まれるのか? You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)
(文=遠山武志)
■立川シネマシティ
映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。
『シネマ・ワン』
住所:東京都立川市曙町2ー8ー5
JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分
『シネマ・ツー』
住所:東京都立川市曙町2ー42ー26
JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分
公式サイト:http://cinemacity.co.jp/