『逃げるは恥だが役に立つ』の“優しい世界”をもう一度! 愛に溢れる2018年に向けて

『逃げるは恥だが役に立つ』の“優しい世界”をもう一度! 愛に溢れる2018年に向けて

 ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)が、12月31日から1月1日にかけて全話一挙放送される。2016年を代表するヒットドラマとなった本作は、Blu-rayボックスが歴代ドラマ1位を記録し、民放連最優秀賞にも輝いた。放送終了後も、私たちの記憶から『逃げ恥』が去ることはなく、今もなお心を温め続けてくれている。

 最優秀賞受賞時に、那須田淳プロデューサーが語った「このドラマは、民放の連続ドラマらしい楽しみがいっぱい詰まった作品にしようと心がけました。火曜日というウィークデイのドラマですから、視聴者のみなさまが1日の終わりに、自分へのご褒美みたいに楽しみにしていただけて、いろいろな世代の方にそれぞれの楽しみとテーマを見つけていただけるようなや多様性のある作品を目指しました」(参照)というコメント通り、『逃げ恥』はそれぞれの楽しみ方を許容してくれる懐の深さがあった。

「『逃げ恥』は何が魅力だと思いますか?」と聞けば、きっと様々な答えが返ってくることだろう。ラブストーリーとしてキュンキュンした人、コメディとしてクスクスした人、人間ドラマとしてウルッときた人、社会派ドラマとしてウムムと考えさせられた人、新垣結衣が演じる主人公のみくりに癒やされた人、星野源扮する平匡に萌えた人、恋ダンスを楽しんだ人……。ドラマで見せてくれた“多様性の肯定”は、そのまま視聴者の多彩な感性も認め合うやさしい世界を見せてくれた。

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 自分を尊重し、他者も受け入れる。言葉にすると、すごく簡単なことのように聞こえるが、シンプルなことこそ実行するのが難しいものだ。そして、放送された2016年よりも私たちを取り巻く環境は、いっそう自尊感情を揺さぶられるようになった気がする。“インスタ映え”という言葉が流行語になるほどSNSが浸透し、良くも悪くも様々な意見に触れられるようになった。

 だが、好意は「いいね」や「お気に入り」の無機質な数字で終わってしまい、批判は鋭利な言葉になることも多い。言葉なき多数の高評価よりも、ひとつの批判が大きな影響を及ぼすことも。相手の視点を想像し、慎重に歩み寄り、自分を苦しめるモノからはそっと逃げて自分を守る。2018年のスタートという節目で、あらためて『逃げ恥』を観ることで、自分を愛し、他者を受け入れていくヒントをおさらいできるかもしれない。

みんなのレビュー

「ABC予想」を証明したとされる京大の望月新一教授。かつてテレビドラマ『逃げ恥』にハマっていたという事実が世間を驚かせています。

『逃げ恥』は等価交換をめぐる物語です。就職難民だった主人公の森山みくりは、津崎平匡との出会いによって、ようやく労働市場における正当な価値を認められたのでした。

望月教授は、

(以下ブログからの引用)…学生に対する評価の際においても、若手研究者の就職・採用に関わる評価の際においても、一般的な基準と大きく異なる基準を適用することによって、一般的な基準では「間違いなく不適格=数学界にとっては事実上、ゴミ」に等しい烙印を押された人材を拾い上げて育成し、最終的には、実態からして一般的な基準よりも遥かに実質的な基準において立派な水準の人材に育て上げることを何度も経験している…(引用ここまで)

と述べていて、現在の日本社会は「不適切な基準が適用されていることによって多くの貴重な人材をいわば溝に捨てている」と警告しています。

そもそも交換価値とは、市場における買い手の主観であり、客観的な指標ではありえません。たとえばシューベルトの音楽には、現代ならば多くの買い手がつくはずですが、彼の同時代にはほとんど買い手がつかなかった。その市場で買い手がつかなければ、交換価値は埋もれたままゼロになってしまいます。

森山みくりの価値を最大限に認めたのは津崎平匡だけでした。みくりは、搾取のない交換を実現しようと努力する津崎の誠実さに惹かれ、そこから生まれる連帯や友情を、やがて異性愛に変化させていきます。
しかし、愛情とは不安定な贈与であり、本質的に「等価交換」ではありえません。「システムか愛情か」という彼らの問いは、おそらく「交換か贈与か」という問いに置き換えることができるはずです。システムだけの冷たい関係には愛情が欲しくなる。愛情だけの不安定な関係にはシステムが必要になる…。

どれほど対等に見える交換だとしても、そこには権力関係や搾取が内在してしまいます。そうでなければ、世界の格差がこれほど極大化することはないはずです。そもそも個々人に与えられた条件が違うのですから、はなから等価交換など出来ようはずがありません。与えられたキャパシティを超えるような仕事を、労働力の交換だけで解決できるわけでもない。
わたしたちは、個々人が「何を交換できるのか」ではなく、そもそも「何を与えられたのか」という贈与の次元から問い直さなければいけません。太陽も大地も、空気も水も、そして、わたしたちの身体も、すべては贈与されたものです。それをまるで個々人の所有物であるかのように交換しようとする発想自体がおこがましいとさえいえる。
しかし、その一方で、贈与とはきわめて不平等なものであり、また不安定なものでもあります。だからこそ、不断の努力と工夫を重ねながら、あまねく贈与を行き渡らせねばならない。自然の贈与によって。あるいは文明の贈与によって。

システムだけの冷たい関係には愛情が欲しくなる。愛情だけの不安定な関係にはシステムが必要になる。ほんとうの等価交換を成立させるには、あまねく贈与が必要です。しかし、あまねく贈与を行き渡らせるには、搾取なき交換を実践する努力も必要です。
おそらく、それが『逃げ恥』が訴えかけている、きわめて現代的なテーマなのでしょう。

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