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小泉今日子たちは生まれ変わることができるのか? 『監獄のお姫さま』が描く言葉の大切さ

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 「ここは帰ってくる場所じゃないの! 出ていく場所! “ただいま“も聞きたくないし、“おかえり“も言いたくないの! わかる?」

 『監獄のお姫さま』(TBS系)第6話。累犯の小シャブ (猫背椿)に、先生(満島ひかり)が言い放った言葉は、監獄の中で仲間との絆や、ささやかな幸せを見出した女囚たちに、ここが決してホームではないという現実を突きつける。ここは更生する場所、つまり生まれ変わる場所。赤ちゃんも生まれたら、もう母親のお腹の中には戻れないのだ。それが、いくら居心地の良かった場所だったとしても……。

 姫(夏帆)の息子・勇介は、吾郎(伊勢谷友介)のもとに渡り、晴海(乙葉)の子供として育てられることになった。姫の存在を抹消する吾郎のやり方に、馬場カヨ(小泉今日子)、財テク(菅野美穂)らは憤りと、自分たちの無力さに打ちひしがれる。

 財テクは、吾郎真犯人説をTwitterでつぶやくも炎上。毎週書いていたメルマガも、実は半年前から打ち切りになっていた。姉御(森下愛子)も「形だけの離婚」と言っていた夫に若い新妻が現れ、必死で守った組も、もうなくなっていることを知る。「姉御はここを出た途端、姉御じゃなくなります。帰る場所もありません」監獄の中にいる限り、どんな声も届かない。とはいえ、ここを出ても自分たちを待ってくれている場所もない。ここは、まるで女囚たちのネバーランドだ。

 単調に日々が繰り返される、ある意味で平和な監獄の中とは異なり、現実社会では目まぐるしく時間が流れる。馬場カヨの息子・公太郎(神尾楓珠)も中学生になった。だが久しぶりの面会で知ったのは、夫が新たな女性とすでに同居を始めていること。そして離婚が成立すればすぐにでも再婚をするつもりだ、とも。公太郎から「(離婚するかどうか)どちらでもいい」と言われて傷つく馬場カヨ。しかし、その真意は手紙に綴られていた。「『どちらでもいい』は『関係ない』って意味じゃないから…僕と母さんは血がつながってる…他人のふたりが別れても、僕は母さんの息子」という言葉に、離婚届にサインをする。馬場カヨは、榎木カヨになったのだ。

 帰る場所はなくなり、ここに戻ってきてもいけない。大事なのは思い出だけ……そんな行き場を失った馬場カヨが心に誓ったのは、勇介を奪った吾郎への復讐だった。ここで、第2話で先生が叫んでいた言葉を思い出す。「現実を受け入れることが反省。ここ(過去)に戻りたいと思うのは後悔」勇介ロスを受け入れられない彼女たちは、やっぱり反省はしないのだ。自分が罪を犯したのも、悪に手を染めたのではなく、正義を貫いた結果。正義と罪は表裏一体なのだから。

 何が正しいかは、そのときの状況や見る人の視点で変わる。園児たちが歌う童謡『おかあさん』に思い出を重ねて涙を流す女性もいれば、「この歌詞、女性蔑視では?」と捉える女性もいる。「刑務所という劣悪な環境」という男性もいれば、「ちょっと塀の高いおうち」と言い換える男性もいる。それぞれの信念で言葉が変わり、その言葉がまわりに影響する。このドラマでは軽妙な会話劇の中で、言葉の大切さを見返すシーンが多く感じられる。特に「もろきゅう?」(馬場カヨ)「リア充」(先生)といったように、いつもうろ覚えの馬場カヨの言葉を先生が汲み取って答えていくシーンは、言葉をすり合わせることによって、徐々に意識が統一されていくことを印象づけるのだ。そうして、彼女たちは仲間になっていったのではないだろうか。ましてや、ついわちゃわちゃするほど口数の多いおばちゃんたちだ。どんどん影響されていく。

      
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