湊かなえ×菊地健雄が語る『望郷』への想い 湊「一筋の光が見えるようなラストを書きたかった」

湊かなえ×菊地健雄『望郷』インタビュー

湊かなえ「原作に登場する人物はすべて私です」

――そうなんですね。菊地さんは?

菊地:進水式が行われているという知識はありましたが、実際に肉眼で見るのは今回が初めてでした。実はこのシーンが一番難しくて、かなり悩みました。シナリオができた後に、どういう風景でどんなものが撮れるのかということを調べるために、因島を中心としたしまなみ海道の島々にスタッフみんなで足を運びました。その時にいくつか進水式を拝見したのですが、目の前であれだけ大きなものが海に着水していくことに圧倒されると同時に、深く感動しました。だからこそ、主人公の航が進水式を見ている瞬間の驚きや興奮をそのまま観客に伝えたかったのです。最も力を入れたシーンでもあるので、湊先生にそう言っていただけると監督冥利につきます。

また、事前準備の段階から因島の方々にお話を聞かせていただく機会があったのですが、湊先生がおっしゃっていたように最後の進水式の記憶は、やはり皆さんの中に色濃く残っているようでした。ある種、島の記憶として刻まれていると言いますか。そんな特別な出来事を何とか映画の中に残したいなというのが、自分の中でのモチベーションにもなっていたのかな、と振り返って思います。

――原作では、一編目の「みかんの花」に登場する主人公のお姉さんが湊さん自身なのではないかという印象を受けました。今回、映画化した「夢の国」「光の航路」にも、モデルとなる人物はいたのでしょうか?

湊:原作に登場する人物はすべて私です。ディズニーランドに本当に行きたくて仕方なかったんですが、親は「修学旅行で行くんだから、そこまで待ちなさい」って言うんです。でも、一つ上の学年から修学旅行の行き先がディズニーランドではなく、スキーになってしまって、すごくがっかりしたんですよね。

菊地:ご自身の体験だったんですね。

湊:そうなんですよ。ずっとその日を目標に島での生活を頑張っていたのに……。どれだけディズニーランドが心の支えだったかというと、まず島外を意識するのって高校に進学するときで、やっぱり島を出たいなと思うんですよね。それで、親を説得しようと試みるんですけど、「交通費もかかるし、高校までは島内にいてくれ」って、結局賛同を得られず……。それでも、島外へ行きたいって食い下がるんですよ。そんな時に親が、「因島高校の修学旅行はディズニーランドだよ」って(笑)。その当時は、島外の高校は修学旅行の行き先がディズニーランドじゃなかったんですよね。

菊地:なるほど。

湊:島外に出るのを諦めさせる手段が、“修学旅行はディズニーランド”だったんですよ。そのくらいの効果があったのに、まさかのスキーで……(笑)。

――めちゃくちゃショックですよね。

湊:そうなんです。当時は、もう一生行けなくなったぐらいの気持ちでがっかりしてました。でも、大学生になったら夜行バスに乗って、当たり前のようにみんなとディズニーランドに行けて。ああ、こんなに近いところだったのかって驚きましたね。島にいるから行けないと思っていたのは、海のせいではなくて、結局は自分自身、人の気持ちが阻んでいたんだなって気づいたんですよ。だからこそ、それを作品にも入れたいなって。当時は島の子どもたちにとって、ディズニーランドはまさに“夢の国”だったんですよね。

ーーでは、「光の航路」も湊さんの思い出が?

湊:最後の華やかな日っていうイメージがあったので、進水式は必ず入れたかったんですよ。門出の日であると同時に、あの日は島の閉幕式でもありました。日立造船っていう大きな造船会社があって、そこの新しい船を造る部門が、この船を最後に閉鎖しますっていう進水式だったので、それが終わった途端にそこで働いていた人たちがどんどん島外に出て行ってしまったんですよね。たくさんの子どもたちが転校して行きました。お姉さんが小説家になったっていう最もわかりやすい部分で、「みかんの花」の話だけが私の体験だと思われがちなんですが、どの短編にもテーマがあって、私自身が見たものや感じたものの中から一つずつ入れてあります。

――菊地さんはこれまでの監督作品でも、心の機微を丁寧に描いてきた印象です。今回も人の心の動き方は意識しましたか?

菊地:そうですね。当たり前のことなんですけど、一番のドラマは人と人の間に生じるんですよね。心の機微というのか、関係性の変化というのか、そこに僕はすごく興味があるので、映画をつくる時に最も意識しています。僕は栃木県出身なんですけど、うちの祖母や父親がまさに「夢の国」におけるお母さんや夢都子に重なる部分がありました。「光の航路」の父と息子の関係もまた、グッと気持ちが入るところがあったので、特に演出にも熱が入りましたね。どの作品においても、お芝居を演じていただく上で、役者さんの中に生じるその場の感情、一つひとつをすくい上げることを試みています。そうすることで映画はより豊かになるのかなと。今回は原作に描かれている親子の関係だったり、過去と現在、時間軸が二つあることだったりが、映画的だなと思ったので、やりがいがあったと言いますか、自分自身とても気持ちが入った作品になりました。

菊地健雄、湊かなえ

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