菊地成孔の『新感染 ファイナル・エクスプレス』評:国土が日本の半分の国。での「特急内ゾンビ映画」その息苦しいまでの息苦しさと上品な斬新さ

菊地成孔の『新感染』評

(1)意外とオールスター映画ではない

 韓国映画ビギナーが一番「解らないこと」、それは、作品の面白さでも、ストーリーに畳み込まれているローカル・カルチャーでもない。まずは「俳優がどんだけの、どんな人か?」であろう。

 本作の主人公はコン・ユを中心に(子役も入れれば)5名とするのが適切だろう。血も涙もないコンサル業の、実際に血も涙もないエゴイストで、このパニックを経て、そもそもの人格であった、誠実で良い人。に戻って行くコン・ユは、所謂二枚目俳優で、韓国TVドラマの中で、タコツボを若干飛び出した、00年代初期の名作『コーヒープリンス1号店』でブレイクスルー&受賞しまくり、その後も社会派を中心に、どっちかといえばシリアス系の作品に出ていた人だが、銀幕の大スターとはちょっと言い難い、現在での彼のコンディションとキャパシティを知るには、TVドラマの『トッケビ』を観るのが良い(これは素晴らしい)。

 昭和のプロレスファンには「頭がしっかりしているマサ斉藤」というのが一番しっくりくるであろう、マ・ドンソクが、「外見は醜いが、心は美しい」、いわゆる<野獣>役でコン・ユと堂々たる二枚看板を張る。

 映画にも大分出ているが、彼のコンディションとキャパシティを知るには、やはりTVドラマが良い。『38詐欺動隊』は、大スター、ソ・イングクとのダブル主演だが、国家的な脱税者を、税務署や警察ではなく詐欺師と組んで倒すという設定の、クライムサスペンスの大傑作だが、DVD邦題が『元カレは天才詐欺師♡』という、いわゆる韓流マナーになっているので、気をつけてレンタルして頂きたい。

 ヒロインはどうか? チョン・ユミ演じるソギョンはマ・ドンソクの妻であるが、まあ、エンタメ大作のヒロインとしては地味ですよね。彼女を良く知っていて、大好きな日本人は、1人残らずホン・サンスのファンである(4作組んでるから)。筆者はホン・サンスのコンプリーターなので、「あのチョン・ユミが、ハイバジェットのゾンビものなんかに出て大丈夫か?」と、要らぬ心配までしたのだが、結果としては堂々たるエンタメ名演技である。

 子役は省き、エンタメ脚本の骨法である「同情の余地無しの最悪役」には、やはりホン・サンスマニアにはホン・サンス組だと認識されてしまうだろうキム・ウィソンがあたっている。この人は、ホン・サンスの監督デビュー作(『豚が井戸に落ちた日』96年)に参加してから10年休んだ、インテリというか気難しいというか、とにかく変わり者だが、復帰後もホン・サンスの『次の朝は他人』『へウォンの恋愛日記』『自由ヶ丘にて』(加瀬亮が出て、プチ話題になった奴ね)と、ホン・サンスの傑作に立て続けに出演し、単なる名バイプレーヤーを超えた、主人公と並ぶ奥行きと強度を持つ登場人物として、10年休んだ分の演技力を炸裂させている。ホン・サンス作品にばかり出ていると、こうした特殊メイクとかもある大エンタメに出た時にハッチャケてしまいがちなのかどうか(笑)、本作での、図式的すぎるほどの悪役も怖いわ憎いは大変素晴らしいのだが、何せ一番怖いのは、これまたドラマで申し訳ないとはいえ、大スター、イ・ジョンソク主演の『W』での、<子供が傷を負うから止めてくれよ>というほどの気持ち悪い特殊メイクと1人2役の恐ろしい演技であり、ホン・サンス組の「エンタメ欲求不満」を大爆させており、大変に気持ちが良い。

 つまり本作は、綺羅星の如きオールスター映画ではない(10年代初期に俄でK-POP女子チームのマニアになった皆さんに於かれましては元ワンダーガールズのアン・ソヒとか出てますけどね。因にここで突然業務連絡だが、現在、「少女時代」のメンバー達の多くは、「じっみー、なテレビドラマで、じっみーな脇役をやる要員」として定着しております。じーんとしろ!笑)。実に渋いのである。ここはかなり重要だ。日本映画の<エンタメ大作>で、キャストがやや地味。というのは状況的にはありえない。各セクションに独立した興収の自信が無く、勢い、<大スターのブッキング>にほとんどのカロリーを消費せざるをえないからだ。

(2)ちゃんと「帰郷」映画になっている

 更に言えば本作主要キャストには、ソウル生まれとプサン生まれしかいない。前述のコン・ユとチョン・ユミはプサン生まれである。この、微妙なリアリティも、微妙ながら重い。

 いくら仲間由紀恵や二階堂ふみが名女優で、ガレッジセールのゴリが俳優転向に見事に成功したとしても、札幌行きの飛行機の中でのサスペンス映画で、帰郷性を内包してたらちょっと落ち着かないでしょうが。やはり「札幌行き」ならば、生田斗真が主演で加藤浩次、吉田美和が見事に映画デビューなんかして欲しい所だ。

(3)列車の車内アクションの偽闘スキルは、現在、圧倒的に韓国だと知っていましたかな?

 これまたTVドラマで申し訳ないのだが『スリーデイズ~愛と正義~』(参考:菊地成孔の『シグナル』評)に於ける、本作と同じ特急列車内での、SPと警察の、激烈かつリアルで、高いオリジナリティを誇るアクション(因に主演は、5人組体制だった頃の東方神起の、<辞めてJYJを結成した1人>であるユチョン)はアクション映画史に名を残す筈だ。

 所謂「特急」が極めてマイナーもしくは皆無であるかも知れないアメリカがこのスキリング体系を持たなくとも文句は無いが、何故フランスが、何故日本が、何故中国がこれの開発を怠ったか、関係者に猛省を促したいと同時に、そもそも一対一の武道がテコンドーメインである韓国が、その補償としてか、「列車内アクション」「街路、特に赤信号で車が往来するときアクション」という、狭い国土への人口密集(東南アジアのゲトーのような感じではなく、かなりのソウルオリジナル)、そして儒教的な、前近代的な倫理/宗教、その基盤である血族のつながりのうんざりするような強さ、等々のファクターが醸し出す、独特の<息苦しさ>が、スタント・フォームの発達にまで及んでいる。

 更にはカースタント王国アメリカにもない、エゲツないほどのスタントスキル(車が駒のように回転するお家芸等々)がコリアンホット的に発達したのは、正に韓国文化と呼ぶに相応しい(というか、はやくやっちゃえよ新幹線の中での、TGVの中での、息をもつかせぬアクションシーン。出来たらもうそれで確実に得点1じゃんよ)。

(4)上品である事

 こうしたしっかりした基盤の上に、脚本は、ロメロ版を始めとしクラシックス~オールドスクーラーへのリスペクトから、スマホの活用やゾンビの性質設定、脱出や殺傷方法、鉄道の活用にまで至る斬新さを、韓国映画特有の「ギリでやりすぎでしょこれ」という、盛り感覚満載で、しかも非常に上品に仕上げてある。この点は最重要と言って良い。

 ゾンビはルックス自体がエグいし、大虐殺が必須だし、恋人や家族が感染するという、悲しさと恐ろしさによって、ついつい自家中毒的にグログロのゲロゲロ(と、ユーモアと泣き)に走りがちだが、本作のアティテュードは「どこまでもスペクタクルを拡大しつつも、上品さを保つ事」「新旧のアイデアを、VSFの駆使によって、クールにファインデザインすること」だ。何せ、韓国の国是とも言うべき、大好物の「泣かせ」のシーンさえ、かなりあっさりしているのである。

 微弱ながらディスになるやもしれぬので、個人名は伏せるが、パンフレットに、これ観て号泣3回したというお笑い芸人がいたが、誰が何を観て何回泣こうが自由とはいえ、いくらなんでもそれゾンビ映画好きすぎないか? これ、トーンとして泣きにストイックである事を心がけてるでしょ。そんなこったからZISLA(以下自粛)

 また、登場人物の総数に比しての、生き残る人数、このリアリティもクールでスマートである。あんな過酷な環境で、「生き残って欲しい人の全員が生き残る」なんてことになったら、いかなエンタメとはいえ、ご都合主義に辟易するだろう。「普通は全員アウトよ。普通だったらね。普通なんてないとはいえ、エンタメにもリアルさがないとね」という視点から、ある意味無慈悲なまでにクールに、書かれている脚本が素晴らしい。

 こうした動きは、『キック・アス』や『キングスマン』といった「可愛い、あるいは上品な顔つきで、始まったら、かなりエグイことしますよ」という、ここ数年のトレンドのラッシュバックとして、例えば『ワンダーウーマン』(主人公はでかいソードで敵をなぎ倒すが、水戸黄門の様に、血は一切出ない。監督は女性で、オタクが期待していたパンチラ系エロは全くない)のそれと共鳴関係にある様に思える。市民はゲログロに胃もたれしたのだ(おそらく『ヘイトフル・エイト』を食った人から順に)。

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