菊地成孔の『新感染 ファイナル・エクスプレス』評:国土が日本の半分の国。での「特急内ゾンビ映画」その息苦しいまでの息苦しさと上品な斬新さ

菊地成孔の『新感染』評

後はもう、SNSが指摘している筈だ

 本作は「止まらない汽車が一直線に進む」「社内も外界はパンデミックという二重の絶望(何せ、大韓民国全体がヤラれているのだ)」という斬新さを下地に、豊潤なフェティッシュと掲示性を持つ「ゾンビもの」をしつらえた、痛快な傑作である。

そして、最大の「斬新な絶望」は

 「生き残りの約束の土地」そのもののあり方であろう。

 ゾンビ物の多くは「生き残った主人公が(もう、かなり少ないが、残されている、希望の地としての)安全地帯に、途方に暮れつつも安心し、疲れ果てつつも希望を持って」向かう。そしてその多くは「どこかはわからないが、どうやらあの辺りに希望がある」と言ったことになりがちである。エンディングで与える情緒が似通ってしまう。

 しかしここではそれが、<うんざりするほど明確に>終点のプサンなのである。これは新しい。「最初から約束の地に向かっていた」「そして、当たり前にそこに着いた」にも関わらず「それをどう感じて良いかわからない」という突き放し方は、ジャンルムーヴィーとして情感がお約束=膠着していたゾンビものに、ロメロ版のラストに横溢する「途方にくれる(という一種の恍惚感)」という初期衝動を取り戻してくれる。

 映画の開始からものの数分でパンデミックは始まり、特急の名に恥じなく、映画はノンストップのリアルタイムで進む。韓国の料理、特に鍋物は真っ赤なゲログロで、そのまま頭から浴びれば、手軽にゾンビに成れるほどだ。焼肉屋は鋏ででっかい生肉を平然と切り裂く。ゲログロ生肉マニアの御仁は、パク・チャヌクを、ポン・ジュノを生んだ国のゾンビと聞いて、垂涎を禁じ得なかったであろう。

 しかし、現在の韓国が求めている物はコレなのである。スマートで知的で誠実である事。情念的な粘着から無縁である事。それは、例えば日本をロールモデルとした近代化という堕落ではない。「ゾンビだって、こうやってまだまだ新しく作れるんですよね」という、極端に言えば、エンタメを発達させることが、自国の文化風土に対する、ガチンコのカウンターカルチャーでもあるという、知性と気骨の側面が、この作品の最大の強みである。

 何せ、監督はアニメの世界ですでに巨匠であるヨン・サンホ、その実写第一作なのだ。エッジでないわけがない。そして案の定、TGVの国フランスのゴーモンがリメイク権を獲得しているのだ。RottenTomatosの査定は驚異の96%FRESH。号泣してる場合じゃないぞ日本。

(文=菊地成孔)

■公開情報
『新 感染 ファイナル・エクスプレス』
9月1日(金)、全国公開
監督:ヨン・サンホ
出演:コン・ユ、チョン・ユミ、マ・ドンソク
配給:ツイン
2016年/韓国/118分/英題:Train to Busan
(c)2016 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & REDPETER FILM. All Rights Reserved.
公式サイト:shin-kansen.com

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著者:菊地成孔

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