浅野忠信は俳優として進化し続ける 『淵に立つ』『沈黙』『幼な子われらに生まれ』の演技を読む

浅野忠信とは何者か

 『沈黙-サイレンス-』(マーティン・スコセッシ、2017)で浅野がキチジローではなく通辞に起用されたのは、道化的な役割を担うキチジローよりも、一貫して冷徹な通辞の方が現在の彼の風格にふさわしいとみなされたからだろう(彼自身は最初キチジロー役を所望したという)。ここでの彼の寡黙さは、とくにハリウッド映画で日本俳優が陥りがちな饒舌な寡黙さ──無口なのだが内面には過剰さをひめたシリアスな演技──とはかけ離れたものだ。

『沈黙-サイレンス-』(c)2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.

 浅野忠信とは何者であるのか。考えていると、脳裏に浮かんでくるのはリチャード・ウィドマークという一人のアメリカ俳優の名だ。悪役の印象が強く、『拾った女』(サミュエル・フラー、1953)や『街の野獣』(ジュールス・ダッシン、1950)といったフィルム・ノワールの傑作群をはじめ、無数の作品でギャングやチンピラなど悪い男をタイトに演じ、同時に西部劇や刑事ものでも後年まであざやかなアクションをこなした。薄い唇と冷酷な瞳でいいがたい魅力を映画史に刻んだきわめてクールな男だ。穏やかな善人を演じることも難なくできるのだが、そうした場合も乾いたタフネスを手放すことなく晩年まで観客を魅了していた。

 リチャード・ウィドマークの名を思い出すと同時に、浅野の仕事について考える時によみがえるのは7年前に東劇のステージで見た浅野自身の忘れがたい姿だ。没後10年として相米慎二の特集が組まれた2011年末の東劇で、『風花』上映回のゲストとして登壇した浅野は、誰よりも敬愛する相米監督の映画を「よろしくお願いします」と、すでにトークも終えて立ち上がり、鳴りやまぬ客席の拍手にその声も掻き消されながら、何度も繰り返し私たちに向かって訴えていた。だから私たちも怠けているわけにはいかないのだし、滅入る状況の中でも探求の手を休めるわけにはいかないのである。

■田村千穂
1970年生まれ。映画批評・研究。著書に『マリリン・モンローと原節子』(筑摩選書)、『日本映画は生きている』第5巻(岩波書店、共著)。2017年度は中央大学にて映画の授業を担当。

■公開情報
『幼な子われらに生まれ』
テアトル新宿・シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中
出演:浅野忠信、田中麗奈、南沙良、鎌田らい樹、新井美羽、水澤紳吾、池田成志、宮藤官九郎、寺島しのぶ 
原作:重松清「幼な子われらに生まれ」(幻冬舎文庫)
脚本:荒井晴彦
監督:三島有紀子
配給:ファントム・フィルム(2016年/日本/ビスタサイズ/5.1ch) 
(c)2016「幼な子われらに生まれ」製作委員会
公式サイト:osanago-movie.com

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