『20センチュリー・ウーマン』の“ポリフォニー”が描き出す、1979年という時代

『20センチュリー・ウーマン』が示唆するもの

 観終えた直後ではなく、むしろそれからしばらく経ってから、その映画が思いのほか自分の心に深く突き刺さっていることに気づくことがある。今年公開された映画で言うならば、ジャン=マルク・ヴァレ監督の『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』、バリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』、そしてケネス・ロナーガン監督の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』などが、まさしくそういう映画だった。主人公の境遇から劇中で描かれる出来事まで、必ずしも共感できるとは言えない……むしろ、易々と共感することを許さない特殊な状況下に置かれた主人公たちを描いた映画。それを観ながら、彼らのことを完全に理解したとは到底言えないけれど、率直にもっと知りたいとは思った。これから先、彼らはどんなふうに生きていくのだろうか。要は、映画を観たあと、その登場人物たちが自分のなかで生き始めてしまうのだ。マイク・ミルズ監督の『20センチュリー・ウーマン』もまた、自分にとってはそういう映画だった。

 ユアン・マクレガーが主演した前作『人生はビギナーズ』(2010年)では、母の死後、ゲイであることを告白した自らの父親をモデルに、いわゆる“中年の危機”を描いてみせたマイク・ミルズ(1966年生まれ)が、今度は自らの母親をモデルとして描いたという本作。その舞台となるのは、1979年のアメリカ、カリフォルニア州サンタバーバラ。マイク・ミルズ自身が、少年時代を過ごした場所だ。よってこの映画は、監督の実体験を交えながら母親と過ごした少年時代を振り返る、回想形式の映画なのだろう。最初はそう思っていた。けれども、その予想は、ある意味正しくて、ある意味大きく間違っていた。結論から言うと、そんな単純なものではなかったのだ。

 シングルマザーのドロシア(アネット・ベニング)は、思春期の息子ジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)の教育に悩んでいた。彼女はある日、この複雑な世界のなかで息子が自分を保っていられるよう、ふたりの身近な女性に「彼を助けてやってほしい」と相談する。母子が暮らす一軒家に間借りしている24歳の写真家アビー(グレタ・ガーウィグ)と、近所に暮らすジェイミーの幼馴染み、17歳のジュリー(エル・ファニング)だ。15歳のジェイミーと55歳のドロシア、そしてアビーとジュリーというふたりの個性豊かな女の子、さらにもうひとりの同居人である元ヒッピーの中年男性、ウィリアム(ビリー・クラダップ)。まるで疑似家族のように互いに気遣いながら、緩やかな連帯関係を築いている彼/彼女ら5人にとって“特別な夏”が始まろうとしている……。

 アビーとジュリーという魅力的な年上女性に囲まれて、ジェイミー少年は、さぞかし甘酸っぱいひと夏を過ごすのだろう。当初はそう思っていた。それはある意味正しい。夜な夜なジェイミーのベッドに忍び込んでくるジュリーは、あまりにも可憐で、堪らなく魅力的だ。けれども映画は、そんなジェイミーの“ひと夏の経験”を直線的に描くのではなく、むしろ彼を取り巻く女性たちの生い立ちや趣味嗜好を横断的に描写してゆくのだった。1924年、大恐慌の時代に生まれ、40歳でジェイミーを産んだドロシアは、その後間もなく離婚。現在はメーカーの製図室で働きながら、女手ひとつで息子を育てている。「健康にいいから」という間違った理由でセーラムを吸いまくり、ビルケンシュトックのサンダルを愛用する彼女が好きな映画は、ハンフリー・ボガート主演の『カサブランカ』(1942年)だ。就寝前には、イギリスの作家リチャード・アダムズが書いた自然破壊と環境問題がテーマの児童文学『ウォーターシップダウンのウサギたち』を読むのが日課となっている。

 生い立ちと趣味嗜好が細密に描かれるのは、本作の中心人物である“母親”ドロシアだけではない。1955年生まれ、24歳のアビーは、一度は地元を離れ、ニューヨークでアートの勉強をしていたが、子宮頸がんの疑いがあり、やむなく帰郷。しかし、母親とそりが合わず、ドロシア母子が暮らす一軒家に間借りしながら、現在は地元の新聞社で働いている。デヴィッド・ボウイが主演した映画『地球に落ちて来た男』(1976年)に感化されて髪を赤く染め、パンクやニューウェイヴを愛聴している彼女のお気に入りの服は、“ルー・リード”の文字がプリントされたボロボロのTシャツだ。写真家としては、スーザン・ソンタグが1977年に発表した『写真論』の影響下にある彼女は、当時隆盛していたフェミニズム思想にも興味を持っており、ジェイミーに“女性の気持ちがわかる男”になってもらうため、フェミニズムの教科書とも言える『からだ・私たち自身』や『連帯する女性たち』といった書籍を手渡す一方、自分が10代の頃に出会いたかった音楽のミックス・テープを作ってあげるなど、文化や思想面でジェイミーをサポートする。

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