『13の理由』が“自殺を美化するドラマ”じゃない理由

自殺を美化するドラマではない『13の理由』

 クレイが青春ドラマの主人公として画期的なのは、周囲より「遅れている」ところだ。自殺した女の子の真相を彼女のことを好きだった男の子が探っていく、というストーリーラインだけ聞くと、男の子が誰も知らない真相を知っていく物語を想像してしまうかもしれないが、クレイはその逆。周囲の関係者はハンナのテープを通じてほぼみんな真相を知っているのに、彼だけ知らない。前提知識が欠けているので、身の周りで起こっていることの意味も理解できない。なぜ大して親しくもなかったコートニーがいきなりハグしてくるのか、なぜザックとマーカスが自分をブライスの家に誘うのか、なぜジャスティンが自分の自転車を奪うのか。クレイには不可解なことばかりだ。そして、みんなが知っている真相を少しずつ知るたびにいちいち大騒ぎするクレイに、周囲は怯えつつうんざりもしている。

 万事クールなトニーの立ち位置はクレイとは対照的だ。生前のハンナからテープを関係者に回す使命を託されたトニーは、ハンナの死の真相について、他の誰よりも早く、すべてを知っている。その真相までクレイを無事導くのがトニーの役割で、トニーはそれを忠実に果たそうとする。

 この立ち位置の違いはそのままクレイとトニーの性格の違いでもある。一言で言えばトニーは早熟で、クレイはよく言って晩熟、ありていに言えばまだ幼い。

 トニーの性格を象徴しているのが、整備に余念がない愛車の旧式マスタングであり、テープへのこだわりであり、常にばっちり固めている髪型だ。一言で言えば、トニーには確固たるスタイルがあり、それを絶対に崩さない。

 第3話のラスト近く、トニーが妹に悪さを働いた男を兄弟3人でリンチしているのをクレイが目撃する、という場面がある。なぜそんなことをするんだ、警察に言えばいいだろう、というクレイに対し、トニーは「警察は信用していない」と答える。また、第8話の進路相談会のシーンで、トニーは当時の恋人のライアンに対し「時間の無駄だから大学なんか行かない、すぐ働く」という。自分の世界に他人に口出しさせない、自分のケツは自分で拭く。それがトニーだ。

 なぜハンナはテープをトニーに託したのか。ハンナとトニーの関係はあまり描写されていないので解釈の域を超えてしまうが、ハンナはおそらくトニーのそんな確固たる流儀を信頼していたんじゃないか。義理堅いトニーなら、自分の死後もちゃんと自分の遺志を実現してくれる。自分が自殺とテープに込めた意味を実現してくれる。そう思ったんじゃないか。トニーというキャラクターには、それくらいの信頼を受けてもおかしくないところがある。そして、仮にトニーがハンナの遺志を最後まで実現させていたら、『13の理由』はそれこそ「自殺を美化する」ドラマになっていたかもしれない。

 でも、トニーは早熟とはいえまだ17、18歳だ。ヒスパニック系の厳格な家庭に育ったゲイとして、同年代より多くを見てきたかもしれないが、それでもやはり若者だ。確固たる流儀や義理堅さは、若者特有の視野の狭さと紙一重だ。警察を信用せず私的制裁に走る姿勢は教師や親への「チクり」を何よりも卑怯な行為と考えてしまうティーンエイジャーの行動原理とよく似ている。そして、若者特有の視野の狭さ、現在が永遠に続くと思ってしまう思い込みこそが「青少年の自殺」という悲劇を生んでしまう、というのがこのドラマの真に伝えたかったテーマでもある。

 しかし、トニーが受け継いだハンナの遺志に介入し、狭い視野を打ち破り、自殺を美化するドラマになることを阻んだのが、他ならぬ主人公のクレイだ。クレイは優等生ではあっても、まだ世界のことは何も知らない少年だ。なぜトニーがハンナの遺志を果たそうとするのか分からなかった、ハンナのことを好きだったのかと思ってたとクレイが言うと、あきれ顔でトニーはこう返す。

トニー「俺がゲイだって知ってる、よな?」
クレイ「えっ!? 知らないよ、知ってるわけないだろ」
トニー「…みんな知ってるよ」

 トニーとは幼なじみで、彼氏を連れたトニーと会ったこともあるのに、クレイは彼がゲイだってことも気づいていなかったのだ。

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