『13の理由』が“自殺を美化するドラマ”じゃない理由
そんな鈍感で奥手なクレイは、生前のハンナの気持ちを終始取りこぼし続ける。ジャスティンにデート写真をばらまかれた彼女に嫉妬から冷たくあたってしまうし、アレックスの「学校のいい女」リスト「いいケツ」部門トップに選ばれたことで彼女が傷ついていること自体理解してやれないし、ハンナが匿名で書いた詩に込められた痛みには共感するのにそれを書いたのが目の前の彼女だと気づいてやることもできない。髪をばっさり切ったハンナに「髪切った?」の一言も言えないのだ。早熟なトニーなら、ハンナに対しどの場面でもふさわしい対応をしてやれていただろう。
でも、そんなクレイの鈍感さ、奥手さの裏には、ハンナを救えたかもしれないまっすぐな「正しさ」があった。日本語に訳しにくいので字幕でも吹替でもニュアンスが抜けてしまっているが、第2話でハンナがクレイに「私、ジェシカくらい可愛くなれると思う?」と聞くシーン。「ジェシカは確かに可愛いけど……君は特別だ(You’re special)」と言うクレイに対し、ハンナは「Special, like retarded」とおどけて返す。
たぶん映画『デンジャラス・バディ』からの引用であろうこのセリフを無理やり訳すと「特別……支援学級?」と言った感じだろうか。「retarded」という言葉はもともと「遅れ」を意味し、転じて「知的に劣ること」の口語的表現で、ほぼ同じ意味の「知恵遅れ」という日本語と同様、差別的な意味合いが強い。
「障害」のポジティヴな言い換えとして「special」という言葉が使用されることに引っかけて、「言葉だけきれいに言いかえたって無意味だよ」というのがハンナの言いたかったことだろうが、クレイにそんな細やかなニュアンスが伝わるわけもなく、クレイは「そういう言葉は使うべきじゃない」と直球のど正論で返し、会話はそこで終わってしまう。
でも、正しいのはクレイのほうだ。人の魅力はそれぞれだから自分がジェシカになれるかなんて問いかけ自体無意味だし、「retarded」なんて言葉は軽く使うべきじゃない。どんなに青臭くなんなら童貞臭くても、正しいのはクレイの直球さのほうだ。クレイはドラマ中で少しずつ世界の構造を知り成長するが、このまっすぐな「正しさ」は変わらない。
ネタバレになるが、つっかえつっかえテープを聞き進んだクレイは、ハンナの死の決定的なきっかけとなったある夜の出来事と、それに続く悲惨な事件の存在を知ることになる。その時点で、クレイはある決断をする。トニーのガイドに従うのを止め、ハンナの遺志に反してでも事態に介入することを決意するのだ。
ハンナを救うことはもうできなくても、「13の理由」を加害者たちに聞かせるという甘美な復讐以外にも、自分にはこの世界に対してまだできることがある。そう決意したクレイの行動を、トニーはもはや止めることができないし、トニー自身も最後にはハンナの遺志に反し彼女の両親に隠していたテープの存在を告白する。そして、ドラマはハンナがテープを残した際に思い描いていたのとは別の、でもほのかな希望が見えないでもない地点に着地する。
第13話、ラストの場面でクレイとトニーは冒頭と同じく、トニーの赤いマスタングに乗って、今度は水辺の開けた道路を走っている。トニーが「テープでも流すか?」と聞くとクレイは「ラジオでいいよ」と答え、トニーも「それがいい」と応じ、ラジオのボリュームを上げる。すると、ドラマ全体のラストナンバーとしてボブ・モールド(元ハスカー・ドゥ/シュガー)の「See A Little Light」が流れ出す。
クレイとトニーは、テープに象徴される「固定された過去」に囚われた状態から抜け出し、ラジオから流れてくる音楽のように予測不能な未来の予兆に耳を傾けるようになった。そういうことだと思う。
「僕には小さな灯りが見える
君の瞳の中に小さな灯りが見えるんだ
でももし君が僕にもう行ってほしいと思っているなら
そう言ってくれればいい」(「See A Little Light」筆者訳)
この歌詞はそのまま、クレイが後悔し続けた「あの夜の選択」に対する「君は間違っていない」というメッセージだ。『13の理由』は自殺を美化するドラマなんかじゃない。1人の少女を救えなかった、でもきっといつか誰かを救うであろう青臭い「正しさ」への頌歌だ。
■小杉俊介
弁護士、ライター。音楽雑誌の編集、出版営業を経て弁護士に。
■配信情報
Netflixオリジナルドラマ『13の理由』
Netflixにて独占配信中
Netflix:https://www.netflix.com/