荻野洋一の『イップ・マン 継承』評 ドニー・イェンの稽古場面には批評無効作用がある
昨年12月に世界公開された『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』にチアルート・イムウェ役で出演したことにより、甄子丹の知名度は、香港映画など中華圏の映画に親しんでこなかった観客層にも広がりを見せている。そうしたさなかに日本公開された『イップ・マン 継承』は、カンフー映画のブレイクスルーに化ける可能性を秘めている。じつを言えば、今回の第3話はシナリオ的には第1話、第2話にくらべて緊張感に欠け、特別出演のマイク・タイソンの扱いも取って付けたようであり、やや悔いの残る出来ではある。しかし、日本人作曲家・川井憲次のおなじみのスコアに乗せて、甄子丹が木人樁で稽古する場面を見た瞬間にすべてを許してしまうという、そうした批評無効作用がこの映画にはある。
葉問が対外的には無敵で、強靱さと優雅さをまったく失わないのとは裏腹に、家庭内の関係性においてはいつも美人妻に弱みがあり、借りがある。小柄な葉問(甄子丹は169センチ)に対して、妻の張永成(チョン・ウィンシン)を演じた女優兼モデルの熊黛林(リン・ホン)はなんと179センチもあるそうで、ようするに「蚤(ノミ)の夫婦」である。これを香港では「最萌身高差」と名づけて報じられて話題となったわけだが、先述の「拳をもって政を看る」と共に、この「最萌身高差」ということも、本シリーズの本質を言い当てている。広東男の愛妻ぶり、もとい恐妻ぶりが伝記の通奏低音を奏でている。
そしてたっぷりのユーモアである。最大の弟子となるはずの李小龍(ブルース・リー)の入門をなかなか許可しないという逆説によって、いったいいつになったらこのシリーズに「アチョー!」が導入されるのか、というスリルが持続していく。2016年9月、甄子丹がみずからのInstagramとFacebookに投稿し、従来どおり葉偉信監督のもと、『葉問4』が2018年にクランクインする予定を告知したそうである。
■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。
■公開情報
『イップ・マン 継承』
新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
監督:ウィルソン・イップ
アクション監督:ユエン・ウーピン
音楽:川井憲次
出演:ドニー・イェン、マックス・チャン、リン・ホン、パトリック・タム
特別出演:マイク・タイソン
原題:葉問3/2015年/中国・香港/広東語・英語/105分/カラー/シネスコ
配給:ギャガ・プラス
(c)2015 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/ipman3/