猫ひろし、オリンピック出場の背景にあった真実ーードキュメンタリー制作に寄せて
2016年8月21日、カンボジア代表としてリオデジャネイロオリンピックの男子マラソンに出場した猫ひろしは、140人中139位となる2時間45分55秒の記録で完走を果たした。2009年、堀江貴文氏のインターネットテレビ番組にて、「国籍をカンボジア人に変えて、オリンピックに出場する」という、半ば冗談のような提案を受けてから、約7年の月日が流れていた。
「走ってる時はきつかったですね、正直。すごく暑かったし、足にはマメもできちゃって。一生懸命練習したのに、なんでこんなに遅いのかなって、悔しかった。暑い時って本当にきつくて、ネガティブなことばかり考ちゃう。もう早く終わらないかなって思っていました。でも、最後の角を曲がったラストの通りに入ったら、たくさんのお客さんが待っていて、“カンボジア・コール”が鳴り響いていたんです。その瞬間、胸を張ってゴールしようと思って、最後の力を振り絞って走りきりました。あの光景は今も忘れられません。もう、最高でしたね。ビリから2番目だったけれど、思わずガッツポーズをしてしまいました(笑)」
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「あの光景は今も忘れられません」
お笑い芸人が国籍を変えて、オリンピック出場を目指すーーこの無謀とも思える挑戦の一部始終を捉えた劇場用ドキュメンタリー映画『NEKO THE MOVIE(タイトル未定)』の製作費を募るクラウドファンディングが、現在『CAMPFIRE』(https://camp-fire.jp/projects/view/23152)にて行われている。募集終了は4月20日の23時59分。現在までに約390万円が集まっているが、目標金額には至っていない。「500万円に達しない場合でも映画制作は鋭意継続します」とのアナウンスも出ているが、より良い作品を作り出すためには、あと一歩の後押しが必要だろう。
猫がオリンピックに出場するまでの道のりは、険しいものだった。1度目の挑戦、2012年のロンドンオリンピック男子マラソンでは、タイム的には2時間30分を記録したばかりで、カンボジア代表としての出場が決定していたのだが、その直後に国際陸上競技連盟から「過去に国際競技会での代表経験がない」「国籍取得から1年未満の人は、1年以上の居住実績がなければならない」との理由で、出場を取り消された。日本でも、マラソン人口が少ないカンボジアからオリンピックに出場することについての批判が強まり、「フェアじゃない」「オリンピックをギャグにするな」「カンボジアに対して失礼」との声が上がっていた。自己新記録となった別府大分毎日マラソン後の記者会見で、記者の一人が用意した「メザシ」をくわえて撮った写真が広まったことで、猫への風当たりはさらに強くなっていた。
「カンボジアで代表に選ばれるためには、ライバルのヘム・ブンティン選手の当時の記録・2時間31分を破る必要があって、大分の大会では初めてそれを成し遂げたんです。2008年に東京マラソンでは3時間48分の記録だったのが、約4年間で1時間18分以上早くなった。ようやく結果を出すことができて、『これで決まった!』って、その時はすごくテンションが高くなっていたんです。そんな時に『これをくわえて下さい』ってメザシを差し出されたら、よくわからないし、とりあえずくわえちゃいますよね(笑)」
決してふざけていたわけではなかったが、芸人であることや、カンボジアに国籍を変えたという物珍しさから、メディアは猫の活動を面白おかしく伝えた。そして、国際陸上競技連盟による取り消しによって、いよいよ猫は嘲笑の対象となった。当時は「新聞を読むのも怖かった」と、猫は述懐する。
「結果を知らされる前から、風向きが怪しくなってきたのは感じていました。電車に乗る時に、駅の売店の前を通ると『猫急ブレーキ!』なんて見出しが目に入ってくるし。日本で練習している最中に、中島進コーチのところに電話がかかってきた瞬間、『ああ、ダメだったんだな』ってわかりました。ただ、大分の大会の後にヘム・ブンティン選手がさらに良い記録を出したのを知っていたし、世間から色々言われているのも知っていたから、その時は悔しい気持ちと、少し安堵する気持ちが同時にありました。『もうこれで、何も言われないで済むのかな』って」
また同時期、猫にはプライベートでも大きな変化があった。