『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』が描く、歴史の暗部と“物語”の力

 チェコスロバキアの歴史を伝えるドキュメンタリー映画『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』によると、第二次大戦時、ナチスの支配下にあった国では、子どもたちだけは助けたいと、ユダヤ人たちが自分の子どもを国外に送り出そうとしたが、難民の受け入れに手を挙げたのは、ヨーロッパのなかでイギリスだけだったという。その親たちは、生木を引き裂かれる気持ちで子どもを列車に乗せると、その後、自分たちは収容所に送られ、動物のように扱われてホロコースト(大量虐殺)の犠牲となり亡くなった。もちろん、国外に出ることができず殺された子どもたちも多い。

「そんな悲劇は全て嘘だと思いたい。そして、お世話になったミス・ペレグリン、淡い恋心を抱いたエマ、孤児院のみんながずっと生き続けてくれたらどんなによかったか。あの爆撃の前に時間が逆戻りしてほしい」

 そんなエイブの想いが頭のなかで生み出した魔法が「ループ」なのだろう。子どもらが成長せず、ずっと同じ姿なのは、エイブによる思い出が基になっているからだ。「ループ」が行われる日付は、原作では1940年9月3日であり、映画では1943年9月3日に改変されている。偶然か意図されたものかは分からないが、「9月3日」というのは、ユダヤ人にとって特別な意味がある日付である。1941年の同日に、アウシュヴィッツ強制収容所のガス室で、はじめて大量処刑が行われたからだ。エイブをはじめとする子どもたちの親は、そのような方法で殺害されていった。このナチスが行った歴史的犯罪を、エイブは「モンスター」というかたちで認識する。耐え難い事実を、エイブはおとぎ話のような物語に変えることで乗り切ったのである。そして、この話を幼い頃のジェイクに繰り返し語っていたのは、最愛のジェイクに対し、同様の悲劇がふたたび起こるかもしれないという警告を与えたかったからではないだろうか。

 

 ティム・バートン監督や原作者ランサム・リグズのように、「普通の人間」とは少し変わっていて、現実の社会にうまく馴染むことのできないジェイクは、祖父から受け継いだ「特別な力」を持っている。それは、「物語」を作る力であり、「見えないものが見える」という能力である。普段は善良な市民のように振る舞っている人たちが、あるとき突然にユダヤ人を迫害したように、「人間が人間でなくなってしまう」ことがあるのだ。 原作では「魂」を奪うという設定だったモンスターが、映画では、人間の目玉を奪おうとする設定に変わっているのは、さらに示唆的である。 つまり、現代にも本作のモンスターのような、人間の心を失った人間たちが生き残っており、彼らは人々から気づかれないように振る舞い、身近に迫る脅威すら「見ることができない」ようにしてしまう。 ジェイクが彼らの姿が見えるというのは、過去に起きた悲劇、つまり本当の「歴史」を理解し、そのようなことを繰り返す可能性のある人間の振る舞いを事前に「知っている」ということを意味している。

 現代においても、ある種類の人間を差別するという行為は絶え間なく続いている。人類がホロコーストのような悲劇を繰り返す可能性は常にあるといえるのだ。そのことを、エイブがジェイクに語りかけたのと同様、「物語」というかたちで伝えてくれるのが本作なのである。そこにはたしかに、ティム・バートン監督が今まで描き続けていた、「普通の人間」とは違う人々への優しさがあふれている。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』
全国公開中
監督:ティム・バートン
出演:エヴァ・グリーン、エイサ・バターフィールド、サミュエル・L・ジャクソン、エラ・パーネル、ジュディ・デンチ、テレンス・スタンプ
配給:20世紀フォックス映画
(c)2016 Twentieth Century Fox
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/staypeculiar/

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