「自選シリーズ 現代日本の映画監督5 押井守」トークショー
押井守、“映画”と“女”への愛を語り尽くす 「いまは女優さんしか撮りたくない」
1月10日〜22日にかけて、京橋・東京国立近代美術館フィルムセンターにて「自選シリーズ 現代日本の映画監督5 押井守」が開催中。初日である10日には押井守監督本人を招いてのトークイベントが行われた。
今回の特集では、押井監督のフィルモグラフィから本人が選んだ20作品を12プログラムの枠組みで上映。この日のトークイベントの前には『ケータイ捜査官7/圏外の女[ディレクターズカット版]』(2008)、『THE NEXT GENERATION -パトレイバー-/EPISODE5、6 大怪獣現わる』(2014)の2作品、後には『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)が上映された。以下、約1時間に渡ったトークの内容をレポートしていく。
「正直言って、いま居心地が悪い(笑)」
まずはフィルムセンターと自身についての関わりを、学生時代を回想しながら話し始める押井監督(聞き手は同センター研究員の佐々木淳氏)。
「当時、典型的な映画青年だったわけで、いかに効率良く映画を観るかが大事だった」「フィルムセンターの上映会は料金がたいへん安かった。たしか100何十円とかそんな感じだったと思う」「主に海外作品や戦前の日本作品を観に通った。ポーランド映画の特集が1週間連続であって、毎日通ったことを覚えています」
そんなフィルムセンターで自作の特集上映が組まれることについては、
「もともと自分はテレビアニメの世界から出発した人間なので、まさか世界の名だたる監督たちと同じところで自分の作品がかかる日が来ようとは夢にも思っていなかった」「エンターテイメントと呼ばれる世界の中でも端っこの端っこ、というか隙間で、かなり変な仕事をしてきた人間なので。正直言って、いま居心地が悪い(笑)」
と、おどけた。
続いて上映作品のセレクト基準についての話題に。
「今回は上映だけではなく、フィルムセンターの収蔵作品になるということで。その際に、僕の仕事の中でもマイナーなもの、どちらかと言うと半分やめてほしいと言われていた、迷惑がられた仕事の方を優先した」「そこから出発して、いわゆる代表作と言われるものにたどり着くという経験が非常に多いんですよ。たとえば『アサルトガール』というシリーズは、ホップ・ステップ・ジャンプで、最終的に『ガルム・ウォーズ』(2016)にたどり着くことができた」
とはいえ、筆者の私見では、今回の20作品にはそういったマイナー作のみではなく、いわばメジャー作と位置づけられるだろう『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993)、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995)、『イノセンス』(2004)、そして前述の『うる星2 BD』もちゃんと含まれていて、バランスの取れた選出だと感じた。選に漏れて意外だったのは『機動警察パトレイバー劇場版』(1989)、『御先祖様万々歳!』(1989)、『トーキング・ヘッド』(1992)、『ガルム・ウォーズ』あたりだろうか。
「自分の中では熱海3部作という構想がある」
今回の特集上映の12プログラムには押井監督考案のタイトルが付されている。その中で目を惹くのは「ホームの闘い 熱海死闘編」「アウェイの闘い1 台湾死闘篇」「アウェイの闘い2 ポーランド死闘篇」といったホーム/アウェイの分類論に基づくもの。
「映画監督の仕事というのは、ホームとアウェイが依然としてある。違う闘いをするべきだし、しなければ勝てない」「『アヴァロン』(2001)では、ポーランドのスタッフで、ポーランドの役者を使って、ポーランド語で映画を作らなきゃいけなかった。アウェイでどう闘って勝利するかという話なんですね」「その時に考えたのは、監督自身の国籍と、その監督が撮る映画の国籍は同じではなさそうだ、ということ。僕の撮っている映画は日本映画ではないみたいだ、と以前から言われていたんですけど、そのことをはっきり自覚したのも、いわばアウェイでの闘いを経験した時の副産物でした」「ある種の監督にとって、自分の故郷、あるいは自分が実際に私生活を過ごしている町で映画を撮る、というテーマを抱えている監督はいるらしい。ある有名な巨匠の監督(大林宣彦)も尾道で映画を作り、石井聰互(現・岳龍)さんも九州に帰って映画を作った」
では押井監督にとってのホームはどこかというと、20年前に東京から移住した熱海ということになる。
「自分が普段生活する熱海という、いわば寂れた行楽地。いまも赤字でいつ破産してもおかしくないあの温泉場で映画を撮ろうと思い立ってから、実は15〜6年経つんです。念願だったんですね」「自分の中では熱海3部作という構想がある」
そのひとつめが“怪獣映画”で、これは『TNGパトレイバー 大怪獣現わる』で実現済。そしてまだ実現していない残りふたつは……。
「熱海で101匹わんちゃんみたいな。101匹バセット大行進」「もうひとつは、熱海GP。熱海ってモナコにそっくりなんですよ。要するに熱海を2倍のスケールにするとモナコになる。地形から何からそっくり。周回道路もちゃんとあるし。無いのはギャンブルだけ」「熱海の周回道路でグランプリをやる。まあもちろん実際に走らせるわけじゃなくて、大合成大会になるのはあきらかですが、これがとんでもない最後になるという、まあコメディ」
押井フィルモグラフィにおいては、長年寝かせていた企画がひょんなところから作品化するという事例が多々ある。今回話された熱海3部作が実現する可能性もゼロではないだろう。
「僕は、熱海の自宅へは週末にたまに帰るだけで、東京の仕事場で暮らしているという、典型的な単身赴任監督。奥さんが取った統計によると、『大怪獣現わる』を撮影していた年は年間70日ぐらいしか帰っていなかったらしい(笑)」「あまり家に帰りたくないオヤジのひとりなのかもしれないけど、できれば死ぬまでそのスタンスを崩したくないなと思っている人間なんですよ」「なぜ熱海で映画を撮るんだ?と言われると非常に困る。困るけれどひとつわかったことは、自分が日常生活で過ごしている町をあらためて撮影のために回ると、まるで違う世界に見えてくる」「自分の日常をあらためて虚構にする時に、いわば違う人間の目で見た時にね、とても新鮮だったんです。これは面白いぞって」
また、押井監督の実写作品ではスタッフや関係者を映画中に出演させる、いわゆる「内トラ」または「カメオ」と呼ばれている手法が使われることが多い。その最たる例は鈴木敏夫や樋口真嗣ほか多数を劇中に登場させた『立喰師列伝』(2006)だろう。その理由も、上述の「日常を虚構に異化する際の面白さ」に共通するところがあるという。
「内トラが大好きなんですけど、やってみてよくわかった。自分の知っている人間が違う顔に映ることの良さ。と同時に、どう撮ればいいかあらかじめわかっている楽チンさというんですかね」「映画って実は、そういうものなんじゃないかって。日常とまったくかけ離れた世界のように見えて、実は紙一重で、日常も映画に見える。僕はもともと映画監督というのは、現実世界を映画のように眺めている人間のことなんだって思ってきたんですけど、いわばそれを実証する仕事が僕にとってのホームの闘い」