門間雄介の「日本映画を更新する人たち」 第6回(後編)
山下敦弘と李相日の“奇妙な一致”ーー両監督の15年から探る、日本映画の分岐点(後編)
一時期、彼は「いつ役者を辞めてもいい」という発言をくり返していた。その言葉の裏には複雑なニュアンスがあって、決して字面だけで理解できるものではないが、ただ彼が日本映画の現状を単に肯定的にとらえていなかったことは確かだ。そんな彼が『オーバー・フェンス』で次のような状況に直面する。蒼井優扮する聡(さとし)と激しく喧嘩するシーンでのこと。
「様々なことも重なり、もう夢中でやっていました。やろうと思っていたことも、やりたかったことも、自分ではもうコントロールできなくなるくらいに……(中略)自分でもわからないところに行っていました」
彼はこの場面を「プロとして計算できる範囲を超えてしまった可能性があるシーン」だと振り返る。オダギリは今回の作品で、めったに経験することのない、豊かで幸福な映画的瞬間と巡りあった。それはかねて好んだ作家的な作品に、映画の豊かさと幸福が間違いなく存在することを、みずから証明する瞬間だったのかもしれない。
映画の二極化が進むなか、東宝は一強時代を突き進んでいる。そんな東宝の一本道を整備してきた中心人物のひとりが、01年『千と千尋の神隠し』で宣伝プロデューサーを務め、現在は取締役として東宝の映画調整と映画企画を担当し、同時に東宝映画の社長も兼務する市川南である。彼は東宝が配給・製作する作品の基準をこう語っている。
「わかりやすい感動があるということ。「泣ける」でも「笑える」でも、「怖がる」でもいい。そこに強い感動があることが重要。(中略)わかる人にしかわからない感動は、大型公開の映画には向きません」
わかりやすい感動を与えてくれる作品も大事だ。でもそういった作品だけでは味気ない。演者すら「わからない」という感覚を覚える、決してわかりやすくない感動を届ける役目が、『オーバー・フェンス』のような作品には確実にある。
「初めて客観性がないまま演じた作品です。難しかったし、すごく苦しかった」
そう話す蒼井にとってもまた、この作品はこれまでにない演者体験となった。蒼井が映画デビューを飾ったのは01年『リリイ・シュシュのすべて』。オダギリの映画デビューも、山下の監督デビューも、同じ01年だ。01年の映画で世に出たふたりの俳優と監督が、この作品で偶然にも顔をあわせ、蒼井にとって20代最後の、オダギリと山下にとって30代最後の映画を撮影した。なんという筋書きだろうか。
しかしすべては01年にはじまっていたのだ。
※引用
『小説怒りと映画怒り ‐吉田修一の世界』
『マイ・バック・ページ』劇場パンフレット
東宝公式サイト
『BRUTUS』2015年12月1日売号
『オーバー・フェンス』劇場パンフレット
『日経トレンディ』2011年9月号
山下敦弘と李相日の“奇妙な一致”ーー両監督の15年から探る、日本映画の分岐点(前編)
山下敦弘と李相日の“奇妙な一致”ーー両監督の15年から探る、日本映画の分岐点(中編)
■門間雄介
編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。
編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。Twitter
■公開情報
『オーバー・フェンス』
テアトル新宿ほか全国公開中
監督:山下敦弘
脚本:高田亮
原作:佐藤泰志「オーバー・フェンス」(小学館刊『黄金の服』所収)
出演:オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠、鈴木常吉、優香
配給:東京テアトル+函館シネマアイリス(北海道地区)
(c)2016「オーバー・フェンス」製作委員会
公式サイト:overfence-movie.jp
『怒り』
全国東宝系にて公開中
監督・脚本:李相日
原作:吉田修一「怒り」(中央公論新社刊)
出演:渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、宮崎あおい、妻夫木聡
配給:東宝
(c)2016映画「怒り」製作委員会
公式サイト:www.ikari-movie.com