“不倫”と“殺人事件”に潜むハリウッド的娯楽性ーー『パーフェクト・ルーム』が受け継ぐサスペンスの系譜
本作の演出を手がけたのは、オリジナル版と同じエリク・ヴァン・ローイ監督である。奇妙なことに本作は、同じ料理をレシピ化して再現するように、シーンの細部や台詞までオリジナル版に対してほぼ忠実に撮られている。さらに舞台の大半を占める屋内シーンは、オリジナル版と同じようにベルギーのセットで撮られているという。それはおそらく、元の作品の魅力に対して、できるだけ手を加えたり改変したくないという制作側の意向によるものだろう。それでもオリジナル版の演出そのままで、アメリカ映画としてすぐに通用するというのは、本作自体がいかにもハリウッド的な感覚で撮られた作品であることを示しているといえる。
レイモンド・チャンドラー原作のハワード・ホークス監督作品『三つ数えろ』の探偵による覗き見趣味、アガサ・クリスティ原作のビリー・ワイルダー監督による『情婦』の、疑われた男をめぐる意外な結末、そして「サスペンス映画の神様」アルフレッド・ヒッチコック監督『ロープ』の密室劇や『逃走迷路』の印象的な場所での格闘など、本作『パーフェクト・ルーム』は、ハリウッドのクラシックなミステリー、サスペンス映画の要素が詰まっている。これは作り手のアメリカ映画への憧れや趣向によるところが大きいはずだ。例えばアメリカでもウディ・アレンのように、ハリウッドと距離を置いて、ニューヨークやヨーロッパ各地へ飛び出して非ハリウッド的な作品を作っているのと同じく、ヨーロッパにも、逆にハリウッド的な感性で芸術映画ではなくエンターテインメントを撮ろうとする作家がいる。本作のエリク・ヴァン・ローイ監督などはその典型であろう。だから本作は、このようなハリウッドのサスペンス映画に連なる作品として、過去のアメリカ映画とともに楽しみたい一作となっている。
冒頭で述べたような、女の死体のそばで男たちが佇む構図は、フェティッシュなノワール映画にも通じる要素である。だが本作は、そこで必要以上の変態性を描写の上では発揮させず、例えばポール・トーマス・アンダーソン監督の『インヒアレント・ヴァイス』のような自己言及的な耽美性や、変則的な密室劇である、クエンティン・タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』のように社会性に深く進入していくようなことはない。あくまで主役はミステリー劇そのものであろうとするのである。だからこそ本作はより広い支持を集める作品になり得ているし、娯楽性の高いサスペンス映画であるとともに、それらディープな世界へ観客を誘う入り口として機能する作品になっているともいえるだろう。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『パーフェクト・ルーム』
7月16日(土)より、新宿シネマカリテほかにて公開
監督:エリク・ヴァン・ローイ
脚本:ウェズリー・ストリック
出演:ジェームズ・マースデン、カール・アーバン、ウェントワース・ミラー、マティアス・スーナールツ、イザベル・ルーカス
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
2014年/アメリカ/シネマスコーブ/102分/原題:The Loft/R-15
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公式サイト:http://qualite.musashino-k.jp/quali-colle2016/