宮台真司の月刊映画時評 第6回

宮台真司の『キム・ギドクBlu-ray BOX初期編』評:初期3作が指し示す「社会から遠く離れた場所」

見つめることしかできない男がナンパ師になる

 クソフェミ対策に留まらず、この人畜無害化の仕掛けで万人にアクセスしやすい映画になりました。加えて、“特異点に縋る者がそれゆえに裏切られてますます悲劇に直面する”というギドク界の摂理が例外的に停止させられることも、「夢だからだ」と言い訳できるようになっています。

 つまり、夢ならぬ現実ではギドク界の摂理は飽くまで貫徹しているのだと。関連して付け加えれば、言葉を奪われた男が美しい女子大生を見つめるだけ、という設定の意味。これはギドク自身がかつてそうだったこと、自分自身が「そういう夢」を見ていたことを暗示するでしょう。

 美しい女子大生を見かけても「この種の女が自分と交流することは永久にあり得ない」と思うから、見つめるしかない。彼女らが享受する<社会>からの利得に自分が預かれることは今後も絶対にないと確信している。そう。永久に救われることのない男がどんな夢を見ようが勝手です。

 ところが、酒宴で同席したギドクを見ると、若い女性の扱いが実にうまく、ナンパ師特有の技術を自在に駆使します。僕の見立てでは彼の実存と矛盾しません。「どうせ空想を生きられる人たちでしょ?」という見切りが完璧で、空想の中身が分かっているから応えるのも簡単なのです。

初期の直接性が失われてきたように感じる

 最後に言うと、今回取り上げた初期作品に見られる“監督自身が剥き出しになった感じ”は、最近作の『嘆きのピエタ』(2012年)や『殺されたミンジュ』(2014年)などでは薄れました。同世代だから分かるけれど、50代半ばを過ぎて自分が剥き出しになった作品を作るのは難しい。

 初期作品が好きな人からすると、最近作たとえば『嘆きのピエタ』などは「ウェルメイドだが、ヌルい」印象を拭えない。とはいえ「痛み」を無理に強調した『殺されたミンジュ』は「作り物」感が拭えない。キャリアの閉じ方も視野に入って来たでしょうが、ブレイクスルーして欲しいです。

■宮台真司
社会学者。首都大学東京教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter

■リリース情報
『キム・ギドク Blu-rayBOX初期編』
収録タイトル:『悪い男』『魚と寝る女』『受取人不明』
6月8日(水)発売
Blu-ray BOX:¥14,400+税(約312分+映像特典約127分)
DVD:各¥3,800+税
発売・販売元:キングレコード
映像特典:
『悪い男』(74分)ハンギ役チョ・ジェヒョン インタビュー/ソナ役ソ・ウォン インタビュー/ミョンス役チェ・ドクムン インタビュー/ウネ役キム・ジョンヨン インタビュー/ジョンテ役キム・ユンテ インタビュー/プロモーションビデオ風メイキング映像/監督キム・ギドク インタビュー/スタッフインタビュー:撮影ファン・チョリョン、照明パク・ミン、監督キム・ギドク/スタッフインタビュー:美術キム・ソンジュ/スタッフインタビュー:音楽パク・ホジュン/ハンギ役チョ・ジェヒョン スチール集/ソナ役ソ・ウォン スチール集/撮影現場スチール集
『魚と寝る女』(22分)予告編/現場スケッチ(メイキング映像)/キム・ギドク監督インタビュー/ソ・ジョン インタビュー/キム・ユソク インタビュー/ミュージックビデオ
『受取人不明』(30分)メイキング映像
※メイン写真:『悪い男』(c)2002 PRIME ENTERTAINMENT All Rights Reserved.

関連記事