黒木華、あらゆる役柄をモノにする驚嘆の演技力ーー『重版出来!』で真のコメディエンヌとなるか

 火曜22時からTBS系列で放送されている『重版出来!』。オリンピックの有力候補として長年柔道に励んできた主人公が、怪我のためにその夢を諦め、柔道を始めるきっかけとなった漫画の出版社の採用試験を受ける。その試験の場で、社長を背負い投げしてしまうという奇想天外な幕開けから始まったこのドラマは、漫画雑誌編集部を中心に、漫画家や営業マンや書店など周囲の人々を、持ち前のポジティブさで巻き込んでいく黒木華の演技に驚嘆するばかりである。

 黒木は元々野田秀樹演出の「NODA MAP」の舞台からキャリアをスタートさせた。それがつい6年前のことだというのだから驚きである。こんな数年の間で、彼女はトップ女優へ上り詰めたというわけだ。翌年に映画『東京オアシス』で初めて映像演技に転身すると、2012年にはNHK朝の連続テレビ小説『純と愛』ではホテルのフロント係を演じ、ドラマデビューを果たす。

 そしてデビューから3年で、石井岳龍監督の『シャニダールの花』で綾野剛とダブル主演を果たすと、その直前に出演していた『草原の椅子』や、日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた『舟を編む』と合わせてその年の新人賞を次から次へ獲得していく。その真っ只中に行われていたベルリン国際映画祭に出品された、山田洋次監督『小さいおうち』では日本人女優として4人目の最優秀女優賞を獲得し、一躍国内外からの注目の的となった。

 そのベルリン国際映画祭で、彼女と女優賞を争ったのが、のちにアカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得するパトリシア・アークエットや、ジェニファー・コネリー、サビーヌ・アゼマといった世界中のベテラン女優たちであったことを考えると、大出世であることがわかる。『小さいおうち』での、往年の名女優・田中絹代を彷彿とさせる、奥ゆかしい演技は、少なくとも現在の日本の女優では彼女以外演じられなかったと思える。

 そんな彼女の演技の恐るべき技術は、その役の棲み分けに象徴される。前述の『小さいおうち』のように、淑やかで一歩下がったような演技を、昨年公開された同じ山田洋次監督の『母と暮らせば』でも見せた。そこからさらに二歩も三歩も下がったような、全身から負のオーラを発するような陰気なキャラクターも、『シャニダールの花』や『ソロモンの偽証』、さらに先日の『リップヴァンウィンクルの花嫁』で体現してきた。たいていの場合は、このふたつの芝居を完璧にこなしているのであれば、イメージがそこに定着しやすく、同じような配役が続くものである。例えば十代の頃の宮崎あおい辺りはまさにその典型であった。時折対照的な役どころを巧く演じたとしても、元のイメージが強く、「演技派」というフレーズで片付けられてしまうのである。

 しかし、黒木華が演じる「明るく」「力強く」「ポジティブ」なキャラクターは決してテンポラリーなものではない。『舟を編む』で後半から現れたファッション誌から転属してきた編集者役や、『銀の匙 Silver Spoon』での高飛車なお嬢様役など、いわゆる彼女の代表作と比べると正反対なキャラクターも、無理なくこなしている。それは、彼女が舞台で培ってきた、全身を使った表現力が映像演技において活かされているからではないだろうか。元学生演劇の女王を演じた『幕が上がる』では、陰陽両面を兼ね備え、演技への姿勢を語る。もしかしたら、最も素に近いキャラクターなのではないだろうかと思わせると同時に、これまでのどの役とも違うテイストであった。

 そんな明るい役柄が最も活かされていたのは、『リーガルハイ』でのジェーン役である。第1話では陰気な検事を演じていたが、弁護士に転身した途端、陽気なヒッピーに変貌する。ひとつのドラマの中で(しかも序盤で)ここまでキャラクターを変えるのは至難の技である。さすがにヒッピーとまではいかないが、その陽気さが再び余すことなく発揮されているどころか、完全に突き抜けてしまったのが今回の『重版出来!』であろう。

 黒木が演じる新人編集者・黒沢心のモットーは、講道館柔道の創始者である嘉納治五郎の言葉である「精力善用」、「自他共栄」。前者は「目的を達成するためには精神と身体の力とを最も有効に働かせる」という意味で、後者は「互いに協調し合うことで、共に栄える」という意味合いの言葉である。まさにその言葉を表しているかのように、とにかく前向きに仕事に取り組んでいく彼女の姿に笑わされ、感動させられるのである。

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