視覚効果から見る『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 4DXなどの新規格には向いているか?
上下奥行きを軸にしたシークエンスのもたらす効果はいささか物足りない
――とはいえ、だからこそというべきか、そうしたエイブラムスの視覚効果の演出について、じつはいくばくかの不満もないわけではありません。その最たるポイントが、やはり4DXや3D鑑賞体験特有の、「縦」(奥行き)を強調する視覚効果の乏しさであったといえます。
そもそも縦の構図や奥行きの表現は映画それ自体のカタルシスの重要な要素ではあります。が、今日の体感型の上映システムと相俟って展開されるブロックバスター大作においては、それがより本質的な意味をもちうるでしょう。その点でいうと、『フォースの覚醒』は上昇(上下)や奥行き(前後)の映像演出がいささか消化不良気味であったというほかありません。
そして、じつはこの点は、先ほど書いたように、奇しくももともとルーカス的感性と親和性があり、しかも今回、その作風をこのうえなく忠実に再現してみせたエイブラムスという監督の演出そのものに理由があるのです。これもしばしば指摘されていることですが、作家論的な視点から見た場合、J・J・エイブラムスというクリエイターは、その映像演出において何よりも画面左右にスクロールする「横」の運動の魅力にもっとも才能を発揮してきた人物でした。たとえば、監督作『スター・トレック イントゥ・ダークネス』Star Trek Into Darkness(13年)のクライマックスのチェイスシーンなどが典型的でしょう。むろん、本作でも魅力的な「縦のシーン」がないわけではない。映画冒頭、本作最大のマスコットドロイドであるBB‐8の初登場シーンで、BB‐8が画面手前からポー・ダメロン(オスカー・アイザック)のいる村のテントまで転がり去ってゆく映像などは、導入としてこれ以上ないほど、わくわくさせられました。
しかし今回もまた、作中のなかでわたしたちの動体視力と映画的感性をもっとも活性化させたのは、おそらくはそれとは対照的な、横移動のシークエンスだったろうと思います(キャメラを担当するのはエイブラムス作品の常連、ダン・ミンデルです)。たとえば、本作のヒロインであるレイ(デイジー・リドリー)の初登場シーンで、彼女がスピーダーを駆って砂漠の惑星ジャクーの広大な大地を横切る姿を超ロングショットで捉えたショット。あるいは、物語中盤、ハン・ソロ(ハリソン・フォード)の知己である伝説の女海賊マズ・カナタのいる惑星タコダナの古城へと向かった一行が、その後、カイロ・レン(アダム・ドライバー)率いる「ファースト・オーダー」の襲撃を受けるシークエンス。タコダナの森のなかでレンのフォースに敗れ、気を失ったまま、レンに連れ去られようとしているレイを目撃した主人公フィン(ジョン・ボイエガ)が、「レイ!」と叫びながら、噴煙の立ちのぼる古城の瓦礫のなかを全力で走る姿をこれもまた、躍動感溢れる横移動撮影で描く演出。これらの魅力的な一連の横移動のシークエンスに比較すると、やはり上下奥行きを軸にしたシークエンスのもたらす効果はいささか物足りない。
さらにたとえば、ミレニアム・ファルコンの内部に侵入した巨大クリーチャー、ラスターの襲撃シーンにしてもカットを割らずに、船内通路をもう少し息の長いショットで描いていてもよかったのではないか。または、クライマックスのレイを救うためにスターキラー基地へ潜入したフィンたちのシークエンスにしても、全体にいまいち緊迫感に欠けていたのは、おそらく同様の理由があるでしょう。こうした一連の演出は、『フォースの覚醒』全体のアクション描写の立体感や緊張感をいくばくか削いでいるように思いました。
さらに同じことは宇宙船のスペクタクル表現の視覚効果にもいえます。本作のなかでももっとも素晴らしいシークエンスは、やはり映画前半、タイ・ファイターとストームトルーパーの襲撃から逃げるために廃品同然のミレニアム・ファルコンに乗りこんで飛び立つレイとフィンの空中アクション。2機のタイ・ファイターからの追撃ブームをかわしながら、レイは墜落して半分砂漠に埋もれているスター・デストロイヤーの右の排熱口の内部に侵入していきます。この狭い空洞や側溝のなかを複数の宇宙船が縫うようにチェイスする場面などは、かつての旧三部作でもしばしば見られた演出を髣髴とさせるものであり、この排熱口のなかのチェイスシーンをもっと奥行きを強調して処理すれば、より視覚効果としてグレードアップしたのではないでしょうか。新三部作でも、たとえば『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』Star Wars Episode I The Phantom Menace(99年)で登場した『ベン・ハー』ふうのポッド・レースのシークエンスのような奥へ奥へと疾走する演出が画面に迫力を生んでいましたが、そういった要素はあまりなかったように思います。
ともあれ、以上のことは最初の2D版を観ていたときも感じていました。そして、今回、4DX3D版を観てきて、当然、おおかたは存分に楽しめたのですが、やはり4DX3Dで観るならば、もう少し上下前後のアクションや視覚的演出がなされていてもよかったではないかと思いました。
ただ、繰りかえすように、総体的にはとてもよかったですし、何より「J・Jらしさ」を存分に出しつつ、旧シリーズのスピリットもしっかり受け継いでいて、新作としては申し分なく楽しめるのではないかと思います。『スター・ウォーズ』は昨年から、今年公開のスピンオフも含めて、2019年の新三部作完結編まで、毎年、新作が公開されるようです。ルーカスからエイブラムスへ。そのミームがどのように受け渡されていくのか、10年代のハリウッドはこのことがひとつの大きな関心になるでしょう。
■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部助教。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter
■公開情報
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』
公開中
監督:J.J.エイブラムス
脚本:ローレンス・カスダン
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
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