迫真の密着ドキュメンタリー『ヤクザと憲法』が示す、東海テレビのジャーナリズム精神
ただ、本作はそのテレビが撮れないだろうと思っていた映像が撮れたことだけで終わっているわけではない。実は、その映像の先に見えてくるものの方が重要だ。見えてくるのはまさしく「ヤクザと憲法」。ヤクザにおける憲法にほかならない。いや、これは私たち自身の基本的人権についてかもしれない。
世間に恐れられるヤクザが、世間にこう窮状を訴える。“銀行口座が作れない。作ってばれると詐欺で訴えられる”“銀行口座が作れないから子どもの給食費を現金で払おうとすると、ヤクザとばれて子どもが学校から追放される”“事故で自動車が傷ついたので保険会社に修理を頼む。その交渉がちょっとこじれると、恐喝された、詐欺だで逮捕される”“訴えられて弁護を頼もうにも引き受けてくれる弁護士がいない”。ヤクザを擁護する気はさらさらないが、悪者となった瞬間から、基本的人権は消えてすべてを踏みにじられてもいいのだろうか?
それにしてもこのご時勢によく、東海テレビはヤクザの渦中に飛び込んだもんだ。当然、今回の山口組の分裂騒動の前にこの企画は動き出している。だとしても、ヤクザを主軸にテレビ番組を作ろうというメディアがいまどれだけあるだろうか? そこに東海テレビの気概を感じずにはいられない。
でも、東海テレビのこの試みをチャレンジとはいいたくない。人によって見解は違うだろうが、メディアの大きなひとつの役割は権力の監視だ。少なくともマイノリティのサイドに立つことはあっても、権力になびいてしまうのはどうか。そう考えたとき、東海テレビの試みはメディアとしてまっとうな取材とまっとうな報道としたい。きわめてストレートなドキュメンタリーとしたい。ただ、残念ながらこれをまっとうできているメディアがどれだけあるかは心もとない。それゆえ東海テレビのドキュメンタリーは、「ヤクザと憲法」を含め異端となる。でも、あえていいたい。これはなんの小細工もない。報道のあるべき姿になぞったきわめて正統派のドキュメンタリーであると。
(文=水上賢治)
◼︎公開情報
『ヤクザと憲法』
2016年1月2日(土)公開
監督:土方宏史
法律監修:安田好弘
プロデューサー:阿武野勝彦
撮影:中根芳樹
音楽:村井秀清
公式サイト:参考:http://www.893-kenpou.com/
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