死は誰のもの? イスラエルから届いた問題作『ハッピーエンドの選び方』が突きつけるテーマを考察

(C)2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.

 そこでやはり焦点となるのは、「誰が死を制御するのか」といった命題に尽きるのだろう。あるいは「死は誰のものか」と言い換えてもいい。人は誰もが自分の意志とは半ば関係なく生まれてくるものだ。そして自らの生き方、人生に関しては幾らか制御が効いたとしても、今際の時に関してはやはり自分の意志とは関係なく、制御が効かない。いわば「あちら側」の都合に合わせるしか術がないというか。

 本作はそこにまずメスを入れて、末期医療の限界を提示しながら「自分の手で死を制御する」という場面を描き出す。ヨヘスケルたちはこの価値観を実践すべく、仲間のためを思って右へ左へと奔走するわけだ。ここでヨヘスケルの“発明家”という役回りがキャラクターを肉付けする。彼は何も宗教家でも医師でも道徳心に厚い人というわけでもない、ごく普通の人。それも周囲の人々の暮らしを便利にするため、ちょっとした改良を施すことに喜びを感じているだけなのだ。

 ここからもわかる。シャロン・マイモンとタル・グラニットという本作の監督を担った2人は、何も安楽死が正しいと一方的に主張したいわけではなさそうだ。彼らの本意は「問題提起」。それゆえ決して安楽死を美化することもない。老人チームの内部では様々な疑心暗鬼が生じるし、彼らは次第に思い悩み、価値観の衝突を生むことにもつながっていく。

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 それに本作は「死は神から与えたもうもの」とする古来からの考え方も否定することはない。例えば、イスラエル特有の社会共同体“キブツ”で最期を迎えようとしている老婆が、安楽死を迎えようと何度もスイッチを押すも、その度にブレーカーが落ちてしまう顛末は、それでも死は制御できないとする考え方を暗に示したものと言えるだろう。

 そしてクライマックスで本作は、さらに色調を変化させていく。最初は終末医療にまつわる死を扱っていたのが、その「ゴールライン」を更に迫り出させるそぶりを見せるのである。中にはそれとこれとは話が違うと批判的に見る人もいるかもしれない。おそらく批判を覚悟で、作り手たちはこの問題に切り込んでいる。

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 果たして「その人らしい生き方」とは一体何なのだろうか。かくも難しい題材を扱った問題作ながら、これに果敢に挑んだイスラエルの名優たちが魅せる。彼らはいぶし銀の存在感を放つのみならず、必要とあればどんな芝居の引き出しだって開ける。恐れ知らずの、とんだ度胸の持ち主たちだ。上にこんな彼らがつかえているのでは、イスラエルの若手俳優たちは光の当たる順番がなかなか回ってこなくて本当に苦労することだろう。死という深刻な、かつ神妙な題材をこれほど明るく朗らかに提示して見せたのも、彼らのチームワークのなせる業だ。

 日本で暮らしていると、お目にかかる機会の少ないイスラエル映画。この機にスクリーンを介してかの国に飛び込み、宗教や文化を超えたところにある生死の価値観について、一緒に考えてみてはいかがだろうか。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。
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■公開情報
『ハッピーエンドの選び方』
全国公開中
脚本・監督:シャロン・マイモン、タル・グラニット
出演:ゼーブ・リバシュ、レバーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン
2014年/イスラエル/カラー/93分
後援:イスラエル大使館
配給:アスミック・エース
(C)2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION.
公式サイト:http://happyend.asmik-ace.co.jp

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