『サンローラン』が描く、奇才にとらわれた男の人生ーー鮮烈な描写はなぜ生まれたか?
21歳の若さでクリスチャン・ディオールの後継デザイナーとして就任し、独自のメゾンを展開、以来2002年に引退するまで「モードの帝王」としてファッション業界に君臨したイヴ・サンローラン。彼を描いた作品は2000年代だけで3作も公開されている。(参考:FASHION-PRESS「イヴ・サンローラン」)
1作目は公私ともにパートナーだったピエール・ベルジェにスポットを当て、イヴ・サンローランが築いてきた名声と富と軌跡を綴ったドキュメント『イヴ・サンローラン』、2作目はイヴ・サンローラン財団に全面的にバックアップされたジャリル・レスペール監督の伝記映画『イヴ・サンローラン』、そして今作、ベルトラン・ボネロ監督の『サンローラン』だ。
イヴ・サンローランの映画と聞いて、「去年観たばかり」と応える人は多いだろう。それもそのはず、2作目、3作目は同時期に製作されているのだ。
当初、イヴ・サンローランを題材にした映画をつくりたいとプロデューサーから声をかけられていたのは、今作『サンローラン』のベルトラン・ボネロ監督だった。イヴ・サンローランの世界観に共感し、快諾したボネロは、早速構想を練り、製作にとりかかる。しかし、依頼から数ヶ月後、事態は急展開を迎える。なんと、別人が監督に抜擢されたというのだ。その人物こそジャリル・レスペール監督である。イヴ・サンローラン財団からの公認を受け、いわゆる映画製作権を獲得したレスペール監督は、シックで上品なイメージはそのままに伝記的要素が強い『イヴ・サンローラン』を撮った。
対して、イヴ・サンローラン財団からは一切の支援を受けることなく、製作を続行したベルトラン・ボネロ監督は、色彩、質感、感触にこだわり抜き、35mmフィルムで「見たことのないイヴ・サンローラン」を描くことに成功した。
見どころのひとつとして挙げられるデザイン制作現場のシーンでは、サンローランの代名詞とも言える1971年の春夏コレクションと、1976年のバレエ・リュスを取り上げ、シルクなど素材は本物を使用し、オートクチュールに至っては全てハンドメイドで一から再現した。結果、時代の最先端のファッションを緻密につくりあげていく緊迫感をよりリアルに演出し、サンローランの優美かつ、こだわり抜いた美意識をそのままに、現代のキラメキをもまとってスクリーンに描き出した。その艶やかさは実に圧巻である。こうしたシーンは支援を受けなかったからこそ生み出されたもので、第40回セザール賞最優秀衣装デザイン賞受賞の獲得にも繋がった。