『アクトレス~女たちの舞台~』が描く“時間”と“老い” オリヴィエ・アサイヤスの作家性を読み解く
しかし、『イルマ・ヴェップ』と『アクトレス』には、大きく異なる点がある。『イルマ・ヴェップ』では、リメイク作の監督を務めたレネは、紆余曲折がありながらも、映画の中で映画を完成させ、その映画が映画の中で上映されて幕を閉じる。つまり、『イルマ・ヴェップ』では、マギー・チャンよりも、ジャン=ピエール・レオの心情に作品の主題が置かれていたのである。それは、チャンを主役に映画を撮りたいという、『イルマ・ヴェップ』を監督したアサイヤスの心情がそのままレオに反映されていたと言っても過言ではない。本作をきっかけに、アサイヤスとチャンは結婚まで果たしている(のちに離婚)。
一方、『アクトレス』では、リメイク版の舞台は映画の中では披露されずに、本番直前のマリアの表情を捉えて幕が閉じるのだ。もちろん、アサイヤスが監督・脚本を務めている以上、彼の想いが映画の中に描かれているのは当然ではあるが、『アクトレス』は、アサイヤスがビノシュのために脚本を書いたという、彼女の存在が大きく反映されている。アサイヤスとビノシュの関係は深く、アンドレ・テシネが監督を手がけた『ランデヴー』で、アサイヤスは共同脚本家として、ビノシュは女優として、同時期にデビューを果たしたとも言える。その2人の関係性が、作品の中でリメイクされることになった『マローヤのヘビ』と同じく、20年の時を経て、再び蘇るのである。
『アクトレス』で一際存在感を放つのが、クリステン・スチュワート演じるマリアのマネージャー、ヴァレンティンだ。ビノシュやモレッツと違い、マネージャーという役柄の彼女は、一見この構造の輪の外側にいるように見えるが、実はそうではない。マリアとの台本の読み合わせで、シグリッドの役割を担うからだ。さらに、彼女はヘレナという役柄の理解に苦しむマリアに対して、その過程で幾度となくマリアに対して助言を与える。それは、本作の冒頭で亡くなったメルヒオールやリメイク作を手がけるクラウスの代弁者としての機能も果たしているのだ。
そして、ヴァレンティンは、『マローヤのヘビ』でのマリアとの役作りでの衝突により、ストーリーの終盤に突如として、劇中から姿を消す。『マローヤのヘビ』という題名の由来にもなり、本作の原題でもあるシルス・マリアの雲ーースイス東南部に位置する小さな集落「シルス・マリア」で初秋の早朝に発生する、山の谷間をヘビのようにうねりながら進む雲ーーとともに。そして、彼女が消えたことによって生まれる“不在による存在感”が漂いながら、舞台直前のリハーサルでジョアンに提案した助言を一蹴されたマリアが、ラストに見せる表情にも繋がっていくのである。
映画の構造としての面白さ、女優たちの名演技、そして、シルス・マリアの絶景。アサイヤス作品の中で最高傑作といっても過言ではない本作。誰しもがいつか直面するであろう“過ぎ行く時間や“老い”について、是非思いを巡らせてほしい。エンドロールが終わる頃、心の中に必ず何かが残るだろう。
なお、アサイヤスは次作『Personal Shopper』で再びスチュワートとタッグを組む。『アクトレス~女たちの舞台~』で、女優として目覚ましい成長を遂げたクリステン・スチュワートの今後の動きにも注目したい。
(文=宮川翔)
■公開情報
『アクトレス~女たちの舞台~』
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて絶賛公開中
監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:ジュリエット・ビノシュ、クリステン・スチュワート、クロエ・グレース・モレッツほか
(c) 2014 CG CINÉMA – PALLAS FILM – CAB PRODUCTIONS– VORTEX SUTRA – ARTE France Cinéma – ZDF/ARTE – ORANGE STUDIO – RTS RADIO TELEVISION SUISSE – SRG SSR
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