『Tシャツが乾くまで』生方美久の作家性は坂元裕二とどう異なる? 独自性を見せる「不在」へのアプローチ
『Tシャツが乾くまで』の脚本家・生方美久の作家性とはどんなものなのか。『坂元裕二論』(blueprint)などの著作を持つドラマ評論家の成馬零一が、彼女がもっとも影響を受けたという坂元裕二の作家性との比較から読み解く。(編集部)
一筋縄ではいかないドラマ『Tシャツが乾くまで』
金曜ドラマ(TBS系金曜夜10時枠)で放送中の『Tシャツが乾くまで』は、脚本家・生方美久の作家性が色濃く出た連続ドラマで、先の展開が読めない物語に毎回翻弄されている。
※以下、ネタバレあり。
雑誌編集者の瀬尾咲子(蒼井優)は、喫茶店の店長として働く夫の充(松山ケンイチ)と幸せな結婚生活を送っていた。一方、製菓メーカーで働く園田樹生(中島歩)は、妻のあずさ(夏帆)と、息子の翔(久保田薫)と共に、幸せに暮らしていた。
しかし、充とあずさはバスの転落事故に巻き込まれ、充は行方不明、あずさは命を落とす。行方不明の夫の帰りを待つ咲子を心配した樹生は「助け合いませんか」と言い、二人は連絡を取り合うようになる。しかしある日、充とあずさは不倫していたと、樹生は咲子に告げる。
第1話が終わった時点では、不倫ドラマになるのではないかと思われた本作だが、咲子の夫・充は行方不明、樹生の妻・あずさは事故死という「不在」の状況で、話は進んでいく。
二人は、充とあずさの関係を調べていくのだが、やがて充が、サービスエリアで途中下車しており、転落時にバスに乗っていなかったことを知る。なぜ充はいなくなったのか? 充とあずさは本当に不倫の関係だったのか? そして、咲子と樹生の間に恋愛感情が生まれるのか? というのが今後の見どころだが、生方美久の脚本だけあって、一筋縄ではいかないドラマとなりそうだ。
ヤングシナリオ大賞発の大型新人脚本家
生方美久は2021年に『踊り場にて』で第33回フジテレビヤングシナリオ大賞の大賞を受賞した新進気鋭の若手脚本家で、2022年に執筆した初めての連続ドラマ『silent』(フジテレビ系)で大きく注目された。ろう者と聴者の恋愛を描いた本作は、手話やメッセージアプリを通して音のない世界での豊かなコミュニケーションを美しく描き、静かで優しいやりとりが、若者から高く支持された。
フジテレビは、ヤングシナリオ大賞を受賞した新人脚本家に連続ドラマを単独執筆させることによって、若者の気分とシンクロしたドラマを生み出してきた。80年代後半のトレンディドラマブーム以降のフジテレビのドラマは若手新人脚本家がリードしてきたと言っても過言ではなく、その若いセンスがテレビドラマの原動力となっていた。
2010年代以降になると、新人をいきなり連ドラに抜擢する機会は減少していたが、生方の『silent』は、久しぶりの大型新人脚本家が手掛けた話題作となった。彼女の登場以降、テレビドラマでは、若手脚本家にオリジナル作品を書かせようという機運が高まっている。生方が『silent』を書いたことで、テレビドラマはだいぶ若返ったと言えるだろう。
『silent』以降も生方は、フジテレビで連続ドラマを書き続けており、2023年に『いちばんすきな花』、2024年に『海のはじまり』、2025年にFODで12月24日に独占先行配信され2026年に地上波で放送された『嘘が嘘で嘘は嘘だ』を執筆。どの作品も先鋭的なオリジナルドラマとなっており、彼女にしか書けない物語となっていた。
対して、今回の『Tシャツが乾くまで』はTBSで初めて手掛ける連続ドラマとなっており、チーフ演出は土井裕泰が担当している。土井は連続ドラマの『カルテット』(TBS系)や映画の『花束みたいな恋をした』や『片想い世界』で脚本家の坂元裕二と組んでいる。
坂元裕二は前述したヤングシナリオ大賞の第1回で大賞を受賞して以降、数々の名作ドラマを手掛けたベテラン脚本家で、先が読めないストーリーと、口に出して言いたくなる日常生活に根差したキャッチーな台詞を用いた会話劇に定評があり、後続のドラマ脚本家に大きな影響を与えている。
顕在化する坂元裕二との違い
生方も坂元の作風に大きな影響を受けている脚本家の一人だ。
例えば、『Tシャツが乾くまで』の第1話終盤で樹生が言う「好きな人フィルターですっけ? 掃除した方がいいっすよ」という台詞は、乾燥機のフィルター掃除という日常生活に根差したあるあるネタと、夫のことが好きすぎて本当の姿が見えていない咲子の心情を重ねたキャッチーな台詞となっており、坂元裕二的な表現だったと言える。
『Tシャツが乾くまで』は、二組の夫婦の物語になると宣伝されていた。そのため、軽井沢の別荘で共同生活を送る男女4人の音楽家の会話劇を描いた『カルテット』のようなドラマになるのではないかと思っていたのだが、まさか第1話で双方のパートナーが不在になる物語だったとは予想外だった。だが同時に、とても生方美久らしい状況設定だと感じた。
生方のドラマでは、亡くなった人や、なんらかの理由でその場に存在しない人間が、画面に映っている主要人物たちと同じ比重で語られることが多く、むしろ不在の人物を語るためにドラマが存在しているようにすら見える。
『Tシャツが乾くまで』でも、行方不明の充の幻覚が咲子の前に平然と現れたり、樹生の前に亡くなったあずさの幻影が現れて、平然と会話を交わす場面が挟み込まれる。「不在」の充とあずさの見せ方には、死者も含めた目の前に存在しない者も、現実の存在も同じように描こうとする生方美久の作家性が強く表れていると言えるだろう。
こういった「不在」に対するアプローチは、坂元裕二作品にも度々登場する。『ファーストキス 1ST KISS』や『片想い世界』といった近年の映画では、SF的なアイデアを用いて「不在」を描こうとしているのだが、生方はあくまで現実的なアプローチによって「不在」を描こうとしている。
同じ土井裕泰の演出ということもあり『Tシャツが乾くまで』と『カルテット』には重なる部分も多いが、話が進むにつれて、違いの方が際立ってきている。それは生方美久にも言えることで、坂元裕二の影響を踏まえた上での、独自の作家性が開花しつつある。
第5話では、時間が一年経ち、咲子にとって樹生は大切な人になっていた。しかし、行方不明だった充が突然帰ってきた所で、物語は次回に続くとなった。このタイミングで戻ってくるのか? と驚く見事な「引き」だったが、生者と死者、存在する人間と不在の人間を、同じ比重で描いてきた生方が、死者のあずさと、戻ってきた充をどのように描くのか、注目したい。
■書籍情報
『坂元裕二論 未来に生きる私たちへの手紙』
著者:成馬零一
発売日:9月2日(火)
価格:2,750円(税込)
判型:ソフトカバー/四六判
頁数:240頁
ISBN:978-4-909852-61-8
出版社:株式会社blueprint
blueprint book store:https://blueprintbookstore.com/items/689054fb3ee3fdd97c2a8fe0