甲子園に行けなかった若者たちの7年後を描く『あの日のつづきを生きている』を読む

 高校野球の経験者である朝倉宏景のデビュー作『白球アフロ』は、都立高校の弱小野球部を舞台にした、爽やかな青春小説だった。以後、好んで野球を題材にしているが、その切り口は物語ごとに違う。なかには、阪神甲子園球場の整備で知られる、実在の阪神園芸株式会社に就職した主人公を中心に、若者たちの成長を描いた『あめつちのうた』のような作品もあるのだ。本書『あの日のつづきを生きている』も、面白い角度で野球を使いながら、人々の生き方を見つめた連作集である。

甲子園へ行けなかった「あの日」から7年

朝倉宏景『あの日のつづきを生きている』(東京創元社)

 投打二刀流の東城真央を擁する徳志館高校は、東東京代表となり夏の甲子園に出場した。しかし台風の影響により、学校の応援団が甲子園球場に到着できぬまま、一回戦敗退を余儀なくされる。それから七年、大学野球を経て阪神タイガースに入団した真央が、プロ一軍の初登板を迎える。そのことを知った、あの日の無念を抱える人々は、甲子園球場を目指すのだった。

 というのが物語の大枠だ。第一話は、徳志館高校吹奏楽部出身で、学生時代に真央の恋人だった遠藤七緒が主人公。現在、総合楽器メーカーの広報課で働く七緒は、たまたま今日が、真央の初登板の日だと知る。体調不良を装って、午後からの有給を得ると、新幹線に乗り込む。そして真央と付き合うようになった経緯や、新幹線の遅れで甲子園球場にたどり着けなかったこと。真央を好きだというチアリーディング部の齋藤いづみの存在により、吹奏楽部とチアリーディング部の関係が悪くなったことなど、さまざまなことを回想するのだった。いかにも高校生らしい青春の甘さと苦さ。七年も経てば、それはよき思い出になっているはずだ。しかし甲子園球場で応援できなかったという虚しさが、どこかで七緒の人生を足踏みさせているのだった。

 時間は不可逆であり、過去を変えることは出来ない。だから、ある程度以上の年齢になれば、ほとんどの人が幾つかの悔いを抱えて生きている。ましてや本書で甲子園に行けない原因となった台風は自然現象であり、誰かに責任を負わせるわけにはいかない。ただ自分の心の中で、七年前の出来事を消化するしかないのだ。七緒にとって、真央の初登板を甲子園球場で見ることが、それに当たる。過去の悔いもひっくるめて、いかに生きていくのかを、作者は巧みに表現しているのである。

群像劇だからこそ深まる、過去との向き合い方

 続く第二話の主人公は、第一話にも登場している齋藤いづみだ。現在は、横浜DeNAベイスターズの公式チア「ディアーナ」で活躍しており、徳志館高校チアリーディング部の指導もしている。高校時代の彼女は、美人ならではの生きづらさを抱えて少し性格に難があったが、真央の言葉によって変わっていく。七緒の視点とは違ったいづみの姿が見えてくるところに、面白さが感じられた。また、入院している余命いくばくもない祖母のもとに、いづみはよく見舞いにいっている。ここでの会話と、甲子園球場に行けなかったことを含むいづみのエピソードから、「応援」の意味が問われている。彼女も七緒と一緒で、虚しさから抜け出せない心を動かすために甲子園球場に向かう。その意味では第一話とよく似た物語構造になっているが、読み味は違っている。その違いを楽しんでほしい。

 以後の話は、さらに読み味が違ってくる。第三話は、野球部で三年間、ベンチ入りできないまま終わり、今はスポーツ記者をしている御園尾啓輔が主人公。甲子園球場の件だけではなく、啓輔の父親のエピソードが、クローズアップされている。そしてこちらは「運命」の意味が問われているのだ。第四話の主人公の木谷美知は、真央の妹である。ただし両親が離婚しているため、美知は母親と、真央は父親と暮らしている。そんな美知は小学生のとき、母親から真央に関する秘密を打ち明けられていた。それが、嘘か本当か分からない。やがて成長した彼女は、徳志館高校に入学。野球部のマネージャーになる。真央に複雑な感情を抱く妹の行動と、感情の揺らぎに注目したい。

■誰もが抱える「あの日」の続きをどう生きていくか

 そしてラストの第五話で、いよいよ東城真央が主役を務める。ページ数が少なく、エピローグ的な扱いかと思ったらとんでもない。まったく予想もしていなかった、驚愕の展開が待ち構えていた。はっきりいって、賛否両論あると思う。ただ、少年時代から妙に達観したところのある真央や、彼がよく口にしていた「大きな光」など、ラストの真実に繋がる布石は早くから打たれている。第一話は東京創元社が隔月刊の文芸誌「紙魚の手帖」に掲載されたが、第二話以降は書き下ろしだ。とすれば少なくとも第二話の時点で、ラストの展開を考えていたのではないか。とにかく唖然茫然の、凄い展開なのである。

 しかも、物語の方向性を大きく変えながら、最後まで一貫したテーマが貫かれている。本書のタイトル『あの日のつづきを生きている』の“あの日”は、いうまでもなく七年前の甲子園球場に行けなかった日のことだ。しかし現在はすぐ過去になる。どうにもならないこと、忘れることのできない悔いの残ることは、いつだって起こる可能性があり、すぐに別の“あの日”になっていく。そんな“あの日”の続きを、どう生きていくのかを、作者は本書で描いているのだ。だから自分なりの“あの日”を体験しているすべての人に、この物語を読んでほしいのである。

■書誌情報
『あの日のつづきを生きている』
著者:朝倉宏景
価格:1,980円
発売日:2026年7月21日
出版社:東京創元社

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