【若林踏の文庫時評】賞レース席巻の『地雷グリコ』からCWA賞の海外ミステリ、蔵書文化を巡る一冊まで
2020年代前半を代表するミステリがついに文庫化した。青崎有吾の『地雷グリコ』(角川文庫)は「このミステリーがすごい!」を始めとするミステリランキングを席巻し、日本推理作家協会賞・本格ミステリ大賞・山本周五郎賞を受賞し、直木賞の候補作にも選ばれるなど、ミステリ小説のファン層を超えて大きな注目を集めた作品だ。
「勝負事にはめっぽう強い」高校生の射守矢真兎が昔ながらの遊びに独自ルールを加えたオリジナルゲームに挑む話だ。コミック作品における頭脳バトルものの要素を本格謎解きミステリとしての核に据え、更に青春小説として抜群の読み心地を備えた懐の深い大衆娯楽小説になっている。ミステリ小説の読者を拡張した里程標として、今回の文庫化を機に一層多くの人々に読まれて欲しい。
ランキングや文学賞の注目作ではS・A・コスビーの『灰の王』(加賀山卓朗訳、ハーパーBOOKS)も取り上げておきたい。S・A・コスビーは『頬に哀しみを刻め』(同)で『このミステリーがすごい!2024年版』の海外編第1位に輝くなど日本でも人気を得ている作家だ。7月3日に発表された英国推理作家協会(CWA)賞の結果において、『灰の王』は Ian Fleming Steel Daggerを見事に射止めた。コスビーがCWA賞を受賞するのは初めてだ。
金融投資会社の経営者として成功を収めていたローマン・カラサーズが、麻薬取引に手を出し地元のギャングと揉め事を起こした弟ダンテを救おうとするところから物語は始まる。コスビー作品では不当な暴力と、それに対する主人公たちの抵抗や葛藤がこれまで描かれてきた。本書も同じなのだが、主人公のローマンが腕利きの経営者で知略を巡らせて状況を打破しようとする点に本書の特色がある。登場人物の知謀がどこに行き着くのかというスリルと同時に、善悪の境界や倫理を問う重厚な物語展開が読者を圧倒する。
昨年あたりから作家や愛書家の蔵書処分に関する話題が盛り上がっている印象があるが、紀田順一郎『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』(中公文庫)は蔵書の行く末について考える上で必読の一冊だ。
2025年に逝去した紀田順一郎が、2015年に行った3万冊もの蔵書処分を切っ掛けに、日本における「蔵書文化」の足跡を思索していく本である。稀代の愛書家が自身の半生とともに振り返る蔵書の歴史は、単なるコレクションではない文化の集積としての蔵書の有り方を浮かび上がらせる。
■書誌情報
『地雷グリコ』
著者:青崎有吾
価格:1,144円
発売日:2026年6月16日
出版社:KADOKAWA(角川文庫)
『灰の王』
著者:S・A コスビー
翻訳:加賀山卓朗
価格:1,639円
発売日:2026年6月25日
出版社:ハーパーコリンズ・ジャパン(ハーパーBOOKS)
『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか 』
著者:紀田順一郎
価格:1,210円
発売日:2026年6月22日
出版社:中央公論新社(中公文庫)