尾崎世界観が語る、書き手と読み手の間に生まれる緊張感 新刊『書かなかったこと日記』に込めた信頼

 尾崎世界観の新刊は、「ダ・ヴィンチ」に連載された『尾崎世界観の書かなかったこと日記』である。彼はこれまで、『苦汁100%』、『苦汁200%』などで日記を発表してきた。新刊にもロック・バンド、クリープハイプのメンバーとして、また小説家として、音楽活動や執筆活動で忙しい日々が綴られている。ただ、今度の本には『書かなかったこと日記』という「?」が浮かぶタイトルが付けられている。そこには、どんな意味があるのだろうか。連載は、現在も継続中である。
(6月18日取材・構成/円堂都司昭)

『尾崎世界観の書かなかったこと日記』(著:尾崎世界観・イラスト:ヨシタケシンスケ/KADOKAWA)

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――以前から日記を書く習慣はあったんですか。

尾崎世界観(以下、尾崎):バンドのホームページに書いていました。世のなかに対する呪いみたいな日記です。本当に上手くいかない頃で、書いていないと自分を保てなかった。誰も読んでいないのが、逆によかったですね。どうせ読まれないこともわかっていたし。そんななかで、呪いのつもりで書き殴っていたけれど、だんだん内容にこだわり始めて。今日は上手くいったとか、こういう出来事があった時なら比較的いい内容が書けるなというのが、だんだんわかってきました。自分の怒りや苦しみを分析しながら、やっぱり文字にして書くのはいいことだなと、その頃から思っていましたね。

あと、自分で書くこと以上に、他人の日記を読むのが好きだったんです。その人が1日のどこを切りとるのか。同じ1日でも癖が出るし、実際に会って喋った時と日記のギャップがあればあるほど面白いので。一番いいのは本人と会った後にその人の日記を読むことですね。差を感じるほど、その人の内面を知れる感じがする。自分についても、やっぱり会って、日記も読んでもらえれば、どんな人間かわかってもらえると思います。

――読んだなかで誰の日記が面白かったですか。

尾崎世界観

尾崎:最近のものだと解説も書かせていただいた西村賢太さんの日記(『一私小説書きの日乗 野性の章 遥道の章 不屈の章』)とか、古いものだと殿山泰司さんの『JAMJAM日記』がずっと好きです。あと、小学生の頃、『電波少年』という番組で猿岩石がユーラシア大陸をヒッチハイクで横断していて。その当時、『猿岩石日記』という本がめちゃくちゃヒットしたんです。同級生もみんな持っていて、もしかしたらそれが自分が初めて読んだ日記かもしれない。旅の日記が、テレビに映る過酷な場面とはちょっと違うテンションで書かれていて、華やかに見える世界でも文字にするとまた違った角度で届くんだなと小学生の時に体験しました。それが残っていたから、バンドを始めてからも周りの人たちの日記を読んでいたのかもしれないですね。

――いろいろな人が日記を書いているなかで、尾崎さんの新刊でタイトルになっている『書かなかったこと日記』とは、どういう意味なのでしょうか。

尾崎:「ダ・ヴィンチ」という紙媒体での連載なので、まず限られた紙幅にどうやって自分の1日を落とし込もうか悩んでいて。書けないことが続くとストレスになるだろうと思ったんです。そこで担当編集の方から「日ごとにテーマを決めて、そのことが何%だったかを書いてみては」と提案された時、書かなかったことが何%だったかを書くのはどうかなと思いつきました。その日に何%書いていないかを最後に表記すれば、読者の方が想像して補ってくれるかもしれない。そう決まって先が見えたというか、道が開けた感じがしました。

――読んでいて自分が予想した%と大きく違う日もけっこうあって、私もいろいろ想像してしまいました。

尾崎:都合のいいところだけを見せるのではなく、自分に不都合なこともちゃんと書きたい。でも、そのなかでも書けないことはやっぱりある。書かないことがあると読者に提示するのは、牽制みたいな感じですね。一度牽制球を投げると、ランナーがずっと気にするじゃないですか。書き手と読み手の間に緊張が生まれるし、信頼してほしい気持ちと、裏切りたい気持ちが複雑にからみあっている。

――書かなかったことを%で示す以外に、連載する際、特に立てた方針はありましたか。

尾崎:日記でしか書けないこと、文字でしか伝わらないニュアンスは絶対にすくい上げたいと思いました。日記で書いた時、実際の出来事が薄まってしまうことがあるんです。たとえ目の前で起こった衝撃的な出来事を書いても、絶対に自分の目で見た方が迫力がある。でも、人と喋っていて、互いに言語化できないけれど「確かになんかあったな、あの時」みたいな、まだ確定していない気持ちを日記で書いたら、線が濃くなって、そこで初めて「ああ、あの時はこうだったんだ」と成立するというか。一緒に会って喋って別れて、後日、その人が僕の日記を読んだ時に「あの時のあれ、確かにそうだったな」、「こんなこと思ってたんだ」と答えあわせになったり、本人たちもまだわかっていなかったけど、1人になって日記に書いたら、それがあらためて表に出てくる、出来事として成立するような、そういうことを書きたかったですね。

――食生活が具体的に書かれている一方、音楽や小説については固有名詞があまり出てきませんね。

尾崎:食べるのは、みんな好きじゃないですか。だから、食を書いたら大勢に読まれるかもしれないという気持ちで頑張りました(笑)。音楽とか、確かに固有名詞については、そうですね。前に書いた『苦汁100%』、『苦汁200%』では固有名詞をわりと細かく書いたんですけど、今回はあまり名前を出さないようにしました。なるべくそういうところに頼りたくなかった。固有名詞を出したら早いけれど、出してしまったら、そこに甘えて書かない部分が出てきそうだから。固有名詞がなければ、ぼやけた状態でも成立するように、それだけ他の部分をしっかり書きこまなければならない。そうやって自分に負荷をかけたところはあります。

――いい話が書かれているかと思えば脱力するようなオヤジギャグが登場し、1行しかない日もあれば長く書いている日もあって、緩急の変化が面白い。そこらへんは連載のために毎回1ヶ月分をまとめる際に調整したんですか。

尾崎:なんとなくその日の感覚で書いていますね。ここ数日はしっかり書いていたから今日は短めにとか。最初は1日に何行までと決めていたんですけど、それをやると内容が薄くなっちゃう。だからあまり気にしないようにして、多くなりすぎないというのだけ意識しながら、書きたいように書きました。それで急遽ページ数を増やしてもらったり、迷惑をかけましたね(笑)。

――ネガティブなこともけっこう書かれていますね。スタジオでバンドの練習中に「ギターの音がうるさいから下げてくれ」とメンバーの小川さんに嫌な言い方をしてしまい、後になって謝罪の連絡をしたとか、生々しい話も出てきます。

尾崎:たまたまテレビでやっていた映画『花束みたいな恋をした』のカップルが別れていく過程を見て、怖くなったというやつですね。その謝罪のような話は、時間が経ってから書くと変な感じになるけれど、その日の日記に書くからこそ残せる気持ちですよね。そういう気持ちが、ほかにも多くあったはずなのに、もう忘れたりしている。時間が経てば言い訳になってしまうようなこともいっぱいあるじゃないですか。でも、例えば映画を見て、そういう内容だったから謝罪したと書けば、面白おかしく発信できる。単に謝罪しただけだと普通ですが、映画を1つからめることで外に発信する意味が生まれるというか。それは、読み手を意識しているからこそできることでしょうね。

――日記には、忘れものや二日酔いの話もかなり出てきますね。

尾崎:多いんですよね。沖縄で財布を落としてエアタグを入れて、またすぐにタクシーに忘れたり。でも、忘れものはちゃんと戻ってくるんです。今まで財布を何回かなくしているんですが、奇跡的に。

――ミュージシャンとしてツアーの話も多く書かれています。

尾崎:ツアーで移動していても、会場の裏の造りはどこもほとんど一緒なんですよ。そこをどう書くか。ライブに来てくれたお客さんも読んでいるはずなので。どの土地も、地元のお客さんがいてくれて、そこに旅行のように来てくれる県外のお客さんもあわさって、独特の空気ができあがる。その空気をちゃんと書きたいと思いました。あと、ライブでステージに立っている時の意識の流れも、限られた文字数だからこそ、その日ならではの表現ができないかと模索しました。いつもライブのシーンは、緊張しますね。自分が書く意味を考えるというか。

――印象的だったのは、映画『リンダ リンダ リンダ』に触れた部分で尾崎さんが「自分の中で、青春とバンドは決して結びつかないもの」と書いていたことです。

尾崎:仕事として音楽をやっているし、やっぱりそんなにいいものではないんです。バンドの物語って、亡くなってしまったり、すでにバンドを辞めてしまった人が主人公のことが多くて。小説でも映画でも、すごくいいものとして描かれがちです。だから、ずっと続いているバンドの本当のことはなかなか描かれない。なので、なるべくリアルなものを届けたいと思っています。この乾いた感じを言葉にしたい。まだ誰も知らないような角度で、世のなかに出していきたいと思っています。

――1ヶ月ごとにヨシタケシンスケさんが、尾崎さんの日記を読んだ日記をイラストと文で書いていて、それが本にも収録されています。その反応を見てどうでしたか。

尾崎:自分でもほどよく原稿を手放したなというタイミングでヨシタケさんから日記が届くので、ちょうどいい距離感で自分の日記とも向き合えるんです。何より、いち読者として毎回楽しみにしています。負担をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいなんですが、今度、刊行イベントで久しぶりにお会いするので、普段からいかに感謝しているかを伝えたいです。

――日記をゲラなどで読み返して、自身であらためてどう思いましたか。

尾崎:今回、この単行本のゲラ読んで、ずっと書いてきてよかったなと思いました。「これは、ちゃんと書けている」と思ったり、「なんだよこれ、いらないな」という部分を消したり。自分でチェックして世に出しているんですけど、1回雑誌に載って、単行本にする時、変わってきます。それも面白いですね。日記は日々の積み重ねだから、一気に書くことはできない。どんなに頑張っても、小分けにその日を個包装で過ごさないと成立しない。書くことももちろん大事だけれど、なにより、まずちゃんと生活していたからこそこうして本になった。そう思うと愛しくなりますね。

尾崎世界観

■書誌情報
『尾崎世界観の書かなかったこと日記』
著者:尾崎世界観
イラスト:ヨシタケシンスケ
価格:1,980円(税込)
発売日:2026年6月22日
出版社:KADOKAWA


■衣装
Blanc YMのジャケット 59,400円、パンツ 39,600円、EARLEのコインローファー 39,600円(すべてTEENY RANCH/03-6812-9341)
MASTER&Coのベルト 10,780円(MACH55 Ltd./03-5846-9535)

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