カンザキイオリが語る、小説『命に嫌われている。』で目指した表現「純文学は読者に媚びることなく、何でも書いていい」

カンザキイオリ『命に嫌われている。』(河出書房新社)

 ニコニコ動画で殿堂入りを果たすなど、Z世代のバイブルとも言えるほどの認知度を誇るカンザキイオリ楽曲「命に嫌われている。」は、2021年の『第72回NHK紅白歌合戦』では歌い手・まふまふが歌唱したことでも知られている。これまで『あの夏が飽和する。』、『親愛なるあなたへ』、そして『自由に捕らわれる。』と、自身の楽曲をモチーフにした小説を発表し話題を集めて来たカンザキが、満を持して小説『命に嫌われている。』を発表した。2011年3月、東日本大震災からの約半年間、中学2年生だったカンザキは、何を経験し何を感じたのか。カンザキらしい匂い立つような緻密な描写によって、“カンザキイオリ”がどのようにしてできあがったのかが語られていく。

『命に嫌われている。』は純文学を目指して書いた

ーーカンザキさんの代表曲である「命に嫌われている。」、そのタイトルを冠した小説を出すことについていかがですか?“満を持して”、みたいなところもあったのではないかと。

カンザキ:そうですね、はい。“満を持して”、という感じです。

ーー最初が『あの夏が飽和する。』で、今回で4作目となりますが、順番は考えていたのですか?

カンザキ:KAMITSUBAKI STUDIOに所属していた時から『命に嫌われている。』のプロットを書き始めていて、2023年にKAMITSUBAKI STUDIOを卒業したのですが、その独立後の一発目として『命に嫌われている。』を出すイメージでいました。でも書き始めていたプロットが、それまでに出した『あの夏が飽和する。』や『親愛なるあなたへ』の流れを踏まえた上で、エンタメ色にするのか? 当時から小説『命に嫌われている。』は“ザ・カンザキイオリ”といった作品にしたいというイメージがあったので、カンザキイオリの今までの“人生譚”みたいなことを書くのか? どちらがいいのだろうかというところで悩んでしまって。それで一旦そのプロットはオシャカになってしまったんです。でも独立後の起爆剤となるものが何か一つ欲しいと思っていて、そうして書いたのが前作『自由に捕らわれる。』でした。それが終わって、改めて挑戦しようとなって書いたのが、今作『命に嫌われている。』です。だから順番で言うと当初は3作目になるはずだったんですけど、今お話しした経緯で4作目になりました。あと、ちょうどその頃、純文学にハマっていたので、その世界観で書きたいなと思って書きました。

ーー純文学にハマったというのは、どういったきっかけだったのですか?

カンザキ:芥川賞を受賞された遠野遥さんの『破局』を読んだのがきっかけでした。それまで純文学を意識して読んだことは無かったんですけど、『破局』を読んで「純文学って面白いかも」と思ったんです。その後、宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』も読みましたし。最初はお二人とも、芥川賞受賞作品だからというミーハー心で読み始めたのですけど、すごく面白いなと感じて、そこからいろんな純文学作品を読むようになりました。

ーーどういうところに面白さを感じたのですか?テーマ性であったり書き方とか。

カンザキ:読者に媚びないところが、良いなと思いました。私はまだまだ語れるほどではありませんけど、エンタメ性のある小説って、読者をいかに引き込ませるかが大事だと思うんです。それこそ『あの夏が飽和する。』は、そうやって自分の書きたいことと、これだったら読者のテンションもアガるだろう、というところを意識して書いたんです。でも純文学は基本的に作者の世界観というか、作者の書きたいことを、芸術性を名目にどんどん書いていいものだと、私は勝手に思って。それが、作者の気持ちがダイレクトに伝わっていいなと思って、どんどんハマっていきました。

ーーそういったバックボーンがあって、今回の『命に嫌われている。』は、純文学のフォーマットで書こうと。

カンザキ:はい。

ーー読ませていただいて、ドキュメンタリーのように感じる部分もありましたし、自伝のようでもあり、その期間の日記のように感じる部分もありましたし。どう表現したらいいものか、と。

カンザキ:ジャンルですか?

ーーそうですね。でもジャンルは純文学になるんですよね?

カンザキ:一応、今回は純文学を目指して書いたんですけど、純文学というジャンル自体、結局何を指しているのか、いろいろ調べてみても「これ!」みたいなものが、自分でも分からなくて。ハマったのもここ3~4年で、まだ浅いし。だから純文学と言うか、純文学が好きな人に読んでもらえたらいいな、という気持ちのもとで書いた私小説なのかな、と。

ーー宣伝文句には「真実をもとにした」とありましたが、フィクションの部分はどのくらいあるのですか?

カンザキ:創作として装飾を施したものがほとんどですが、基本的に主人公が感じている気持ちは、当時私が感じたリアルな気持ちを入れさせていただいています。登場人物は、私の人生で出会ったいろんな人たちの要素の塊でできているような感じです。本当のことを伝えるために創作した、という部分がほとんどという。

ーー本当を伝えるための装飾という。本来は、本当を伝えるためには装飾を取り払うのではないかと思うのですが。

カンザキ:確かにそうかもしれません。ただ今回は、私小説という部分もあるので、私が感じたことが作品になるわけで、そういう意味では「良い噓のつき方」ができたのではないかなと思います。

ーー舞台になっているのが岩手県の盛岡市です。開運橋通りなど、地理的な描写が結構細かくて。「ユニバース」というスーパーが出て来たり。これは、カンザキさんが実際に見ていた景色なのですか?

カンザキ:はい。実際に住んでいて、行ったことのあるところばかりです。ユニバースも、青森・岩手・秋田の北東北3県で展開されている、地元では有名なスーパーです。

ーーあと『ハリーポッター』シリーズの作品名とか、アニメ『けいおん!』や『BLEACH』、当時聴いていたであろう曲名もたくさん出て来て。曲とか、ハリーポッターのどの作品かで、時代感が出ますよね。

カンザキ:実際にハマって見たり聴いたりしていたものもありますし、ハマってはいなかったけど身近にあったものも含めて散りばめています。2011年であることが、できるだけ分かるようにしたいと思って。だからあの時に何があったかは、結構自分でも調べて入れ込んだりしました。

ーーウォークマンが出て来たのが懐かしかったですけど、2011年なので、さすがにデジタルのモデルですよね?

カンザキ:友だちが持っていたのはそれだったと思いますけど、私はカセットテープのウォークマンを持っていました。父親のお下がりですけど。電池切れ近くなると再生速度が遅くなるんですよね。今は再生速度を自由に変えられますけど、あんな感じで、あえて電池切れ寸前の電池で、好きな曲をゆっくりにして聴いていました。

ーーちなみに、それで何を聴いていたんですか?

カンザキ:オワタPさんの「アンチクロロベンゼン」とか、ボカロ曲をよく聴いていました。ゆっくりにして。

自分の恥とかは考えず、創作することを選んだ

ーー本の話に戻ります。東日本大震災の経験も出て来ますが、カンザキさんは当時、被災はされていなかったんですよね。

カンザキ:はい。当時は、担任の先生から状況を聞いていましたし、インターネットニュースとか、テレビでは毎日そのニュースを放送していましたし。ただ身近に被災された方がいたわけではなくて、親戚の方でも、すぐ近所まで海が近づいて来たという方はいましたけど、近しい方で被災された方はいなかったですね。

ーー震災のことが変にドラマチックだったり大げさには描写されていなくて、むしろ淡々としていて、それが余計にリアルに感じました。ただ淡々としながらも描写が細かくて、匂い立つというか、生々しいというか。そこから想像させられたり考えさせられたり。

カンザキ:ありがとうございます。はっきりとそう狙って書いていたわけではありませんけど、純文学にハマったきっかけとなったのが、遠野遥さんの『破局』でしたし。純文学をいろいろ読んで、読者に考えさせるために淡々と書かれる方もいらっしゃいましたし、常識的ではないけれども「これはこうだから」と作者さん独自の世界観を書かれる方もいらっしゃいました。私の中で好きだった作家さんは、淡々と書いて読者に考えさせるタイプだったので、おのずとその感じを目指していたという感じかなと思います。

ーーあと主人公が汗とか体臭を気にしていて、思春期はみんなそうだと思うんですけど、主人公はことさらに気にしていて。

カンザキ:小説の中でも出て来ますけど、主人公が臭いと言われてイジメられた過去があって、臭いことは良くないことだと植え付けられているんです。これは私自身の実体験でもあります。

ーーそういう実体験を書く部分と装飾の部分は、自分の中ではどのように書き分けられたのですか?

カンザキ:最初は全部ノンフィクションで書いていました。でも、今の私の価値観と、学生時代の価値観では、違っている部分があると思って。今の価値観を教えてくれるキャラクターと、中学生時代に実際にいた何人かの複合物によるキャラクターで当時の価値観を表現して、それらによって純文学を目指したわけです。でもこの本は読者のためのものでもあるので、「読者にこう感じてほしいから」という理由で、こういうキャラクターを作ったとか、こういう時系列にしたとか意図的な部分もあります。例えば実際には私の中学時代には無かったできごとを、話の中に持って来た部分も多少あります。ただ基本的には、中学時代に実際にあったできごとなので、そこは噓ではないというか。

ーー自分の体験を書くことに対する躊躇とかなかったですか? これは恥ずかしいなとか。

カンザキ:恥ずかしいことを書いていましたか?

ーー恥ずかしいと言うか、臭いと言われてイジメられていた経験とかは、普通はあまり人に言いたくないと思うんです。

カンザキ:ああ、でも、他人がどう思おうが、他人は他人ですから。例えば私が死んだとして、Xで、私のことを好きだと言ってくださるファンは、すごく悲しんでくれると思うんです。でも結局は画面の奥の話です。この小説も全部自分を投影して全力で作った作品だけれど、作り手側と受け手側はそういう立ち位置だと思うので。今回は自分の恥とかは考えず、創作することを選んだ感じですね。

ーー面白かったのは、「一章」「二章」ではなく「一片」「二片」と書かれているところです。それも「一片」から始まるのではなく、「十片」から始まって「十二片」の次から「一片」「二片」になる。『スターウォーズ』みたいだと思いました。

カンザキ:『スターウォーズ』は通っていないんですけど、そうなんですか?

ーーネタバレになりますが、映画『スターウォーズ』は、原作がエピソード1から9まであって、最初に公開された映画三部作は4~6でルーク・スカイウォーカーの話、その次の映画三部作が1~3の話でダース・ベイダーがなぜダース・ベイダーになったかが描かれるんです。

カンザキ:へえ~そうなんですね。

ーーすみません。話が逸れてしまって。

カンザキ:いえいえ。私は、最初からそうしようと思っていたわけではなくて、途中でこういう順序にしようとしました。この話は基本的に私の中学2年生の時に起きたことが書かれていて、そのトラウマから未だに抜け出せていないことが創作の原点になっています。読者にもそのことを感じてほしいと思って、こういう流れにしました。純文学は読者に媚びることなく、何でも書いていいんだと思っているので、流れも自由でいいんじゃないかと。「十片」は主人公が自殺未遂をした話で、そこから物語が始まり、「十二片」で前向きになり、そこから東日本大震災が起きる「一片」に戻って「十片」に向かって話が進みます。このループするような流れによって、結局はトラウマから抜け出せていないことを表現しました。つまり「一片」~「九片」はダース・ベイダーになるまでのお話です。

ーー「片」にしたのはどんな理由が?

カンザキ:最初は「章」にしようと思っていたのですけど、あまりエンタメっぽくしたくないと思っていろいろ悩んで、河出書房の担当者さんにご相談して「片」にしました。全「十二片」あって、「片」ごとに「桃始笑」や「葭始生」などのタイトルが付いているのも、河出書房さんからご提案していただいたアイデアです。これは四季を細かく分類した、中国から伝わった表現で「七十二候」というものです。最初はもっと広い括りで「二十四節気」にしようかと思っていたのですが、1カ月に三つ片が進むカ所もあるので「二十四節気」では表現しきれないとなって、「七十二候」にしました。先ほどお話ししたように、時系列が前後する部分をどうにか分かりやすくしたいと思っていたんですけど、「七十二候」をタイトルに使ったことで、流れが分かりやすくなったのではないかと思います。

ーー「一片」の「桃始笑」は「ももはじめてさく」と読んだり、「三片」なんか「腐草為螢」と書いて「くされたるくさほたるとなる」と読むという。

カンザキ:素敵ですよね。その「片」ごとにそういう名前が付くと、より面白いなと思いました。「一片」の「桃始笑」は「笑」という字が付いているんですけど、ここはちょうど震災が起きた時の話なんですね。調べていただくと、「桃始笑」は3月11日から15日の間のことを指すと分かっていただけると思います。実際に被災された方がいるので滅多なことは言えませんけど、字から想像させるイメージと実際に起きたことのギャップが、皮肉めいていると言うか。それも含めて作品として、より良いかたちになったと思います。

勝手に生きればいいと思います

ーー楽曲「命に嫌われている。」に救われて、楽曲をたくさん聴いて来た子たちが楽しみにされていて、たくさん読んでくれることと思います。楽曲と小説は、どういう関係にあるのでしょうか。

カンザキ:今までは歌詞が原作になっているようなかたちでしたけど、今回はそうではありません。単純に「命に嫌われている。」を作ったカンザキイオリって、何によってできているのか。そういう関連付けで読んでいただけたらいいなと思います。

ーー楽曲のファンの人がこの本を読んで、どんなことを感じてくれたらうれしいですか?

カンザキ:楽曲のファンに限らず、好きに読んでいただけたらいいなと思います。その上でもし叶うなら……私は中学二年生の時に自殺未遂をして、今でも理由や原因は自分でもよく分かってなくて。どうしてそんなことをしたんだろう?と、今でも考えています。せっかくその時の気持ちを元に創作したので、これを読んで、診察したり解剖したりしてくれる方がいてくれたらいいなと思います。あとは、基本的にカンザキイオリを知らない方。曲名だけが一人歩きして、作者のことは知らないということは、よくあると思うんです。だから私と紐付けなくていいので、有名なタイトルなので、それに引っ張られて手に取っていただいて、好きに読んでくれるのが一番の理想かなと思います。

ーー「命に嫌われている。」というタイトルは、逆説的に生きることへの渇望を訴えていて、本の中でも主人公は「生きたい」と言っています。読んだ人にも、生きてほしいと?

カンザキ:勝手に生きればいいと思います。

ーー(笑)。では、この本を書いたことで、「命」とか「生きる」ことの価値観は変わりましたか?

カンザキ:書いて変わったことと、書かなくても年齢で自然に変わったようなところもあると思います。

ーーその上で、「命」ってなんだと思いましたか?

カンザキ:そうですねぇ………。たぶん今パッと思い浮かばないだけで、考えたことはあると思います。でも、“好きにやろうかな”という気持ちにはなりましたね。この本=カンザキイオリで、いわゆる代表作を書き切ったという手応えはあります。もちろんまだやりたいことはあるけど、“もういつ死んでもいいかな”、みたいな気持ちにはなりました。

ーーいや、困りますよ。もっと生きて書いてくれないと!

カンザキ:ありがとうございます。そう言ってくださる方がいるのはうれしいです。書きたいことはまだまだあるし、書くのはすごく楽しかったので。初めて純文学にチャレンジしたんですけど、読むのはもちろん楽しかったし、書くのもそれ以上に楽しかったです。だからみんなも書けばいいのに。

ーー純文学を?

カンザキ:純文学とか小説とか。インスタとかXとかのように、気軽な気持ちで小説を書いてくれてもいいのになって。そういう世界になったらいいのになって思います。

ーーあと購入特典として、楽曲「命に嫌われている。」のカンザキイオリ歌唱バラードVer.が聴けるとのことで。

カンザキ:購入特典は必ず付けようと思っていて、どういう内容にするかはスタッフの皆さんと考えたんですけど、バージョンはどうなるか分からないけど、楽曲「命に嫌われている。」にしようと思っていました。その上でスタッフさんから、「この小説に一番寄り添ったバージョンにしてほしい」というご要望をいただきました。それで、ピアノを習っているシーンもあるのでピアノ一本で演奏して、そのピアノも小説をイメージしたここだけの特別なフレーズになっています。

ーーこの「命に嫌われている。」カンザキイオリ歌唱バラードVer.は、今後ライブで披露する予定はありますか?

カンザキ:先日のファンクラブイベントで「命に嫌われている。」をピアノの弾き語りで披露したのですが、そういうかたちはあるかもしれませんけど、同じバージョンというのはライブでやるつもりはありません。なので、購入特典でしか聴けないものになっています。盛岡の雑踏音を録りに行って、冒頭に使っているのもポイントになっています。小説とセットで、ぜひ楽しんでください。

■書誌情報
『命に嫌われている。』
著者:カンザキイオリ
価格:1,540円
発売日:2026年6月24日
出版社:河出書房新社

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