小説版『口に関するアンケート』に漂う、紙の本ならではの“気味悪さ”とは? 手のひらサイズの一冊に詰まった恐怖
清水崇監督のホラー映画『口に関するアンケート』が、7月3日から公開されている。映画館の大きなスクリーンで物語が展開されるわけだ。それとは対照的に、背筋が2024年に発表した原作小説『口に関するアンケート』(ポプラ社)は、文庫よりも小さい、手のひらほどの判型で刊行されたのだった。しかも60数ページの短編である。読み終わるまでさほど時間はかからない。だが、内容はよく練られていて、読み終えた瞬間の衝撃と気味悪さの余韻をもたらす作品となっている。そこには、紙の本で読む小説版ならではの恐怖が、あるのだ。
大学生の男女4人グループが、房総のO市にある心霊スポットへレンタカーで出かけ、肝だめしをする。ネットの書きこみでも有名な墓地に入り、そこに生えている呪われた木の下を通り抜けて戻ろうというのだ。夜の墓地を1人ずつ、スマホのライトで照らして歩んでいった。だが、翌日、そのうちの女性1人が失踪し。1カ月後に墓地で自殺しているのが発見される。肝だめしの夜にいったいなにがあったのか。
小説は、肝だめし参加者に対し、何者かが行ったインタビューの音声記録を文字起こししたものというスタイルをとっている。1人ずつ証言が並び、互いが思っていたことの違い、恋愛でもつれた人間関係などが、次第に浮かびあがっていく。作者の背筋は、このような短編を書いたことについて、「芥川龍之介の「藪の中」のような構造を怪談チックに語ることはできないか、と考えたのがきっかけだったと思います」と語っている(参考:【インタビュー】互いへの絶大な信頼が生んだ濃密な恐怖の舞台裏『口に関するアンケート』清水崇監督&原作者 背筋氏)
黒澤明が『羅生門』のタイトルで映画化したことでも知られる「藪の中」は、ある侍の死について、現場にいあわせた男女3人それぞれの証言を並べ、互いの意識の違いを浮かびあがらせる構成だ。そのうえで、あえて真相不明(=藪の中)のまま物語を終わらせたところに妙味がある。
一方、『口に関するアンケート』の場合、失踪した女性以外の肝だめし参加者3人だけでなく、後に呪われた木のある墓地を訪れ事件にかかわったオカルト研究部の大学生2人の証言も記載されている。5人の証言を読み進めるうちに謎が解かれる構成であり、真相がわからないままではない。その点は、「藪の中」とは異なる工夫がされている。また、肝だめしの夜の事実がやがて判明するとともに、呪われた木ができあがった意外な背景がわかるのも面白い。短い小説ではあるが、恐怖というものがいかにできあがるのか、その過程を凝縮してみせているようなところがある。
この小説は『口に関するアンケート』と題されている。だが、本文はアンケートではなく、インタビューの文字起こしとして書かれ、各証言の冒頭には【201908262310.m4a】などと録音日時を示すらしいファイル名が書かれている。小説の印刷された文字は、通常は黒1色だが、この作品の場合、茶や赤が混じったような色の文字も出てきて3色が使われている。怪異が起きると色あいが変わり、読む者に不安をもたらす。ただの文字起こしではなく、そこに普通ではない力が働いていることをあらわしているのだろう。
また、この記事の冒頭で触れた通り、『口に関するアンケート』は、小さい判型で刊行された。表紙は唇に口紅を塗った女性らしき人の口元のアップであり、裏表紙には「口は災いのもと」というフレーズが記されている。その「口」の1字だけが赤い。そして、小説を実際に読んでみると、縦書きの物語の本文が終わった後に【口に関するアンケート】と題された横書きの見開き2ページがある。その質問項目を最後までたどっていかないと、物語の本当の結末はわからないのだ。細かいところまでよく考えられていることに驚いてしまう。
ホラー映画では、一連の事件が起こった後、そろそろエンディングというタイミングでもう1度ショックを与えるパターンがあるが、小説ではこういうことができるのかと、終わらせ方の仕掛けに感心した。ホラーには、フィクションを実際にあったことを記録したドキュメンタリーのように見せかけるモキュメンタリー、フェイクドキュメンタリーと呼ばれる手法がある。関係者へのインタビューの文字起こしを装ったこの小説も、そうした流れのなかで書かれている。加えて『口に関するアンケート』は、紙に印刷された本という形態を存分に活かしている。
小さい本だから、無理をすればそれこそ口のなかへ押しこむことだって可能だろう。通常サイズの本が多くあるところに置けば、隙間に落ちたり、他の本の下じきになったりして見失ってしまうかもしれない。だが、この本を、そこらへんにあることはわかっているのにどこにあるのかわからない、という状態にはなんとなくしたくない。そうなってしまったら、不吉な気がする。それは小さいけれど恐怖が詰まっており、ものとしての存在感、ある種の異物感を帯びているように思うからだ。要するに私は、この本が怖いのだった。