DJ日本王者・宮島明道、なぜ警察小説で『このミス』文庫グランプリに? DJプレイと小説執筆の意外な共通点

宮島明道『刑事の境界線』(宝島社)

 2026年第24回『このミステリーがすごい!』大賞において、文庫グランプリ受賞作となった『刑事の境界線』(宝島社)は、小金井中央警察署を舞台に、刑事第一課盗犯係の馬場みどりと組織犯罪対策係の為井忠之という対照的な二人の刑事のドラマが交錯する“モジュラー型ミステリー”だ。

 本書を執筆したのは、バトルDJの世界大会「DMC DJ CHAMPIONSHIPS」で2002年と2007年の二度にわたって日本チャンピオンに輝いた実績を持ち、2003年からはDJ教室「宮島塾」を運営しているDJ 宮島塾長こと宮島明道氏。とりわけヒップホップシーンでは名の知れたDJである宮島氏は、なぜオーソドックスな“警察小説”で小説家デビューを果たしたのか?

 『刑事の境界線』の創作背景と、DJプレイと小説執筆における意外な共通点について、宮島氏に話を聞いた。

一度集中し始めると徹底的に打ち込む性格

――『刑事の境界線』は複数の事件を並行して描く、いわゆるモジュラー型と呼ばれるタイプの警察小説です。警察小説の歴史においては非常にオーソドックスな形式ですが、それを丹念に書き上げた点に好感が持てました。

宮島:ありがとうございます。でも私自身はモジュラー型警察小説を書こうと意識したわけではないんです。もっと言えばモジュラー型という言葉があることすら、担当編集者さんに教えてもらうまで知りませんでした。どんな人も日常生活を送る中で様々な出来事が同時進行して、慌ただしく対応しなければいけない時がありますよね。そういう様子を小説で面白く書くことは出来ないかな、と思ったのがこの作品の出発点です。

――なるほど。でも結果として、警察小説ジャンルの正統的なスタイルを感じさせる作品に仕上がったのが面白いと思いました。

宮島:これは小説ジャンルに限らない話なのですが、私は物語の型がはっきりとしているものが好きなのかもしれません。作品の中に描かれているものが収まるべきところへ綺麗に収斂していくような型を持つ物語には、特に惹かれることが多いです。もしかしたら、そういう型への拘りが自然に小説へ反映されているのかもしれないな、と思いました。

――おっしゃる通り本書は複数の出来事が絡み合いつつ、読み進んでいくにつれて物語全体として綺麗な構図が浮かび上がっていくところに肝があると感じました。小説の全体像はかなり緻密に立ててから書いたのでしょうか?

宮島:はい。書き始める前にプロットというか、小説全体の設計図のようなものはしっかりとしたものを作りました。「出来事Aと出来事Bはこういう繋がりにした方がもっと面白くなるぞ」という感じで、紙に手書きで相関図のようなものを書きこんでいくイメージです。あと、カレンダーに書き込みをしながら「この人物は、この日にこういう行動をする」という具合に整理することも行いました。私は精密機械みたいなものをいじるのがどちらかといえば好きなタイプなんですね。ですから『刑事の境界線』の構想を細かく練っている時は楽しかったですね。

――設計図を書いた後はどのように書き進めていったのでしょうか?

宮島:パソコンではなくスマートフォンに打ち込みながら執筆を進めました。一日8時間以上、散歩しながら書いていることもありましたね。DJについてもそうですが、一度集中し始めると徹底的に打ち込む性格なのかな、と自分では思っています。

群像劇という物語形式が一番しっくり来る

――本書は馬場みどりという盗犯係の若手刑事と、為井忠之という組織犯罪対策係のベテラン刑事が主役となって描かれていきます。この二人の行動がなかなか交わらないんですよね。二人の物語がどのように交差していくのか、という興味が読みどころの1つになっています。

宮島:実を言うと、本作の構想を始めた段階では馬場みどりが単独の主役で活躍する物語になっていたんです。ですが馬場は盗犯係の設定なので、基本的に物語が大きく動くような事件がなかなか起こらないんですよね。さて、どうしようかと考えている時に「これはもう1人、主人公を立ててみても良いのでは?」と思いついて、馬場とは対照的なキャラクターを作り上げたんです。先ほど小説を書き始める前に全体の設計図をまず作った、というお話をしましたが、その設計図の段階に戻って馬場と為井、二人の主人公を描いていく物語を一から練り直したという次第です。

――まだ刑事になって3年目の馬場の成長と、暴力団との深い関わりを持ってしまった為井の苦闘という、全くテイストの異なる物語が背中合わせのように描かれていくのが面白いです。

宮島:そうですね。ただし、馬場は良い刑事で為井は悪い刑事、みたいな分かりやすい人物の書き方はしていないと思います。馬場は真面目で一生懸命なのだけれど、少し怒りっぽいところもある。逆に為井は一見すると悪徳警官のようにも受け取れるけれど、人間的に可愛らしい一面も見せる。そういう多面的な魅力を持った登場人物を描こうと思いました。

――馬場と為井以外にも様々な警察官が登場する群像劇の要素も『刑事の境界線』は備えています。実際に警察官の方々に取材などはされたのでしょうか?

宮島:いえ、小説を書くための取材はしていません。ただ、以前たまたま知り合った盗犯係の刑事さんがいまして……と、別に悪いことをして捕まったわけではありませんよ、念のため(笑)。それはともかく、その時に刑事さんと出会って感じた人間味のようなものは、作品の中で描きたいなと思ったんです。

――人間味、といいますと?

宮島:それまでの私は警察官と聞くと、とにかく規則第一で他人に対して厳しい態度で臨む人たちばかりだというイメージが強かったんです。でも私が出会った刑事さんはもっと柔軟で、こちらの状況も慮りながら仕事をしているな、と感じたんです。警察官という仕事に対するハードな印象がかなりソフトなものに変わった、といいますか。だからこそ『刑事の境界線』では人間味に溢れた警察官たちを描きたいと思いました。

――ちなみに群像劇の要素が強いもので、ご自身の執筆に影響を与えたと思われる作品はありますか?

宮島:ミステリ小説で言えば、奥田英朗さんの『最悪』や『邪魔』といった初期の犯罪小説です。そもそも私が小説を読むようになったのは、自分が開いているDJ教室の生徒さんから吉田修一さんの『パークライフ』を薦められたことがきっかけでした。そこから小説の魅力に目覚めまして、奥田さんの『ララピポ』と出会ってからは奥田作品のファンになった、という流れです。ですので自分で小説を書こうと思い至った時も、頭の中には奥田さんの作品のことがありましたね。ただ、ネット上で小説の書き方に関する情報を調べていた時に「小説を書き始めたばかりの人が群像劇に挑戦するのは難しいので止めた方が良い」みたいなことが書かれていて、「えっ、そうなの? だったら群像劇は書かない方が良いのかな」と一瞬思ったことはありました(笑)。でも、群像劇という物語形式が一番しっくり来るというか、自分には合っているなと感じています。

――どういう点が「合っているな」と思いますか?

宮島:人は立場によって他者の見え方が異なる、ということを表現できる点です。先ほどの警察官の方々に対するイメージの話もそうですが、人間は単純に善悪で割り切ることが出来ない存在であるという思いが強いんです。そういう多面的な人間の有り様を描くのは、小説ならではの魅力であると私は思っています。

――『刑事の境界線』の魅力の1つは、あらゆる点で読者の日常に近い雰囲気を纏っていることだと思います。馬場みどりが盗犯係の刑事であることも大きなポイントですよね。

宮島:馬場を盗犯係の刑事という設定にしたのは、大事件ではなく身近な出来事を描きたかったからという思いがあったからです。新聞やテレビの報道番組のトップで扱われるような凶悪犯罪ではなくても、被害に遭った当事者にとっては重大な問題です。そうした日常に起きる犯罪を描くことで、読者にこの物語を自分事として受け止めてもらえるようにしたかったんです。

――物語の舞台である小金井市周辺の描写も、日常性を感じさせる物語を成り立たせる上で重要な役割を果たしています。

宮島:読者に現実感を与えるためにも、自分の住む地域を舞台に選んで小説を書こうと思いました。馬場や為井が勤務する小金井中央警察署は架空の警察署ですが、町の描写などは実際に小金井市周辺に何度も足を運んで、街並みの変化などを確認しながら書きました。地域に関する描写には特に力を入れたつもりです。

設計図作りがDJにおける「ルーティン」作りと似ている

――先ほどDJ教室の話が出てきましたが、もともと宮島さんはバトルDJの世界大会「DMC DJ CHAMPIONSHIPS」で二度の日本チャンピオンに輝くなど、DJとしてのご活躍で有名だったとお聞きしています。その宮島さんが今までの活動から想像も付かないような警察小説を書かれたことに、驚いている音楽ファンもいるということを聞きました。

宮島:私としては純粋に「小説を書きたい」という思いから応募したものでして、自分自身で「違う分野の物語を書きたかった」という思いがとくべつ強かったわけではありません。とにかく自分が読んで面白いものを書いてみたいという気持ちから生まれたものが

、結果として警察小説と呼ばれるジャンルのものになった、ということだと思います。

――『刑事の境界線』は小説家としてのデビュー作になりますが、小説の執筆と音楽活動に何か共通項を感じた点はありますか?

宮島:全体の構成を細かく決める点ではないかと思っています。バトルDJには決め技の構成をあらかじめ組み立てる「ルーティン」と呼ばれるものがあります。限られた時間の中でどのような構成にするのかを決めていくわけです。『刑事の境界線』を書くにあたってまず全体の設計図を細かく組み立てたという話をしましたが、その設計図作りがDJにおける「ルーティン」作りと似ている気がします。物語の型が好き、という話にも通じるかもしれません。

 私は料理にも興味があって、次はグルメミステリを書いてみたいなと思っていたり、それこそいずれはDJを題材にした青春小説を書いてみたいという気持ちもあります。ミステリに拘らず様々なジャンルの小説に挑戦してみたいなと考えていますが、物語の型への拘りというか、全体の構成を組み立てて書くという点は今後の小説執筆においても変わらないと思います。その意味では小説家としての活動と音楽活動について、自分の中で境界線は無いのかもしれませんね。

■書誌情報
『刑事の境界線』
著者:宮島明道
価格:850円
発売日:2026年6月3日
出版社:宝島社

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