桜庭一樹 × 斜線堂有紀が語る、“少女の物語”を描く意味「自分の生きてきた実感がそこにあるから」

桜庭一樹、斜線堂有紀『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』(河出書房新社)

 小説家の桜庭一樹と斜線堂有紀が競作した作品集『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』(河出書房新社)が、各所で評判を呼んでいる。

 同作は、2020年代の東京を舞台に、著者二人が設定した共通の「七つの条件」にもとづき、それぞれが短編を書き下ろす形式の競作小説集。各2篇 × 4回の計8篇を収録するクライムサスペンス作品集となっており、少女たちの「愛」と「殺意」が交錯する殺人事件が描かれる。

 桜庭一樹は、斜線堂有紀にとって憧れの作家であり、今回の競作はふたりにとっても刺激的かつ貴重な機会となったようだ。同作の創作の裏側やふたりの関係性について、語り合ってもらった。(編集部)

斜線堂有紀「まさかこんな日が来るとは夢にも思いませんでした」

桜庭一樹

――まずは、お二人が競作することになったきっかけを教えてください。以前から交流はあったんですか?

桜庭一樹(以下、桜庭):そもそものきっかけは、斜線堂さんがミステリマガジンで連載されていた『これからミステリ好きになるみんなに読破してほしい100選』という連載を読んで、とてもいいなとX(旧Twitter)に投稿したことだったと思います。ご本人がエゴサなさったときに見えてしまう書き方だと、お礼のカツアゲをしてしまうかもと思って、お名前は書かずにページのタイトル部分の写真だけを添えて。

斜線堂有紀(以下、斜線堂):私はもともと桜庭さんを敬愛するファンの一人だったので、当然ながらアカウントもフォローさせていただいていて。エゴサせずとも、タイムラインに流れてきました(笑)。あまりの嬉しさにスクリーンショットして保存したのを覚えています。

桜庭一樹『彼女が言わなかったすべてのこと』(河出書房新社)

桜庭:それを見ていた編集さんのアイデアで、2023年にわたしが刊行した『彼女が言わなかったすべてのこと』(河出書房新社)の帯文を斜線堂さんに書いていただきました。その節は本当にありがとうございました。

斜線堂:こちらこそ、引き受けさせていただいてありがとうございます、という気持ちです。依頼がきたときは、恐縮のあまり、お受けするのをためらったんですよ。私が書いてもプラスの影響があるとは思えないし、そもそも、恐れ多い。大丈夫なんでしょうか、と。でも「刊行前に読めますよ」と言われて、断れるわけがなかったです。今回の競作も、編集者さんからお話をいただいて「こんな機会は一生ないかもしれない」とお引き受けしたのですが、今じゃない、という気持ちでいっぱいでした。

桜庭:2024年に刊行された『文藝』の「世界はマッチングで廻っている」という特集で、今作の第一章である「かわいそうに、魂が小さいね/その春に用がある」を競作したんですよね(※/の前者が桜庭さんの書いた短編のタイトル、後者が斜線堂さん)。私が最初に編集部からお話をいただいたとき、そもそもマッチングってなんだろうということを考えたんです。世代じゃないから、アプリのほうはよくわからないけど、広い意味でのマッチングという出会い方について考えたら、自然と斜線堂さんのことが思い出された。

斜線堂:恐縮すぎます……。

斜線堂有紀『ゴールデンタイムの消費期限』(角川文庫)

桜庭:最初はXの投稿でやりとりがあり、帯文を書いていただいたあとに、私が斜線堂さんの『ゴールデンタイムの消費期限』(角川文庫)で文庫解説を書かせていただいて。さらに斜線堂さんが読書日記にわたしの小説の感想を書いてくださったり。直接お会いしたことはないけれど、じわじわと距離が近づいているこの感じこそがマッチングなのではないか、と思ったんです。いきなり「一緒に何かやりましょう!」と片方が熱く指名するのではなく、年月をかけて少しずつ、お互いに小さな合意を繰り返して、気づけば関係性が育っているということが。そんなことを編集部にお伝えした次の打ち合わせで、斜線堂さんと競作してみませんかとお話をいただきました。

斜線堂:私はもう、作家になるよりずっと前から、桜庭先生のご著書は読ませていただいていて……。自分で発見したというより、物心ついたときにはもう「本を読む人だったらみんな読んでいるし、みんな好き」な作家さんだったんですよね。あたりまえのように手にとり、おそらくほかの子たちと同じように「これは自分のために書かれた物語かもしれない」と衝撃を受けました。自分の尖った部分、これだけは守り抜きたいと思うアイデンティティの深いところに食いこんでくる作品で、単なる共感以上に心を揺さぶられたんです。そんな経験は生まれて初めてで、私にとって桜庭先生はずっと、特別な作家さん。まさかこんな日が来るとは夢にも思いませんでした。

――桜庭さんにとってはXの投稿がマッチングのはじまりですが、そもそもの発端は、斜線堂さんの桜庭さんに対する強い想いだったんですね。素敵。

桜庭:私にとっては漫画家の吉野朔実先生が近いかもしれませんね。私は中2の夏休み、たまたま本屋で雑誌『ぶ~け』を手にとったら、先生の代表作の一つ『少年は荒野を目指す』の連載が始まったところだったんですよ。あの当時に出会う作品は、大人になってから「好きだな」と感じるものとはちょっと違いますね。おっしゃるように、自分のアイデンティティに関わるような出会いでした。私は、吉野先生にお会いすることはなかったのですが……。

桜庭一樹「斜線堂さんの短編にはいつも、必ず現代的なテーマが映し出されている」

斜線堂有紀

――『そうだ、君を憎めばいいんだ』では、七つの条件にそってお二人が競作された作品が4編(×2)収録されています。日時、場所、複数のキーワードとセリフ。こちらはそれぞれ、どのように決めたのでしょうか。打ち合わせはかなり盛り上がっていた、と聞いていますが……。

斜線堂:七つの条件、というのは最終的に決まったことで、最初はブレインストーミング的に書きたいものをいっぱいあげていこう、とお話していたんですよね。それを、編集さんにセレクトしてもらおう、と。ただ正直、当時の私は、ようやくお会いできた嬉しさよりも、何か粗相をしでかして失望ゲージをためているかもしれない、という恐怖心が強すぎて、ずっと助けてほしいと思っていましたね……。

桜庭:私が覚えているのは「共通のキーワードが3つくらいあるといいかもしれませんね」と言ったら、斜線堂さんが「10個にしましょう!」と。

斜線堂:なんでそんなことを言ったんだ……。

桜庭:それがとてもかっこよくて。10個もいけるかなぁ、と思ったけど、先輩だからできないとは言いづらくて「いいですね!」と言いました(笑)。最終的には七つに収まったけど、キーワードを一緒に考えるのが私はとても楽しかったです。「AIのお導きですね」というセリフは斜線堂さんからいただいたアイディアでしたね。

斜線堂:ああ、そうでしたね。

桜庭:今は、マッチングアプリで結婚する人たちが、お式でそんなふうに紹介されるのだと聞いて、おもしろいなあと。私は合コン世代なので、だいたい「友達の紹介」と言っていました。合コンもアプリも、なんとなく上の世代の方たちには言いづらいワードなんでしょうね、きっと。時代ごとに、うまい言い換えがあるものだなあ、と。あと、今の世代が「本物かどうか」にこだわるのだということも、斜線堂さんから教えていただき、「それ、本物?」というセリフを条件に取り入れましたね。

斜線堂:少し前に、仕事中に撮影したBeRealの投稿が流出して大騒ぎになっていましたよね(※BeReal=1日1回ランダムな時間に届く通知から2分以内に「今」を撮影してシェアするSNS)。あの騒動を見て、投稿の内容が本物かどうか以上に、今繋がっている人たちにそれだけの価値を見出させるかを問われているのだな、と思いました。絆が本物なら、どんなにあやうい内容でも投稿できるはず、という。

『百合小説コレクション wiz』(河出文庫)

桜庭:斜線堂さんの短編にはいつも、必ず現代的なテーマが映し出されているんですよね。『本の背骨が最後に残る』(光文社)では、絶対的な事実よりも印象や論破によって真実っぽいものが選ばれてしまう社会を描いていたし、「選挙に絶対行きたくない家のソファーで食べて寝て映画観たい」(『百合小説コレクション wiz』収録/河出文庫)では、愛し合うカップルや仲のいい家族のあいだで、政治や社会に対する価値観が極端に異なるとき、それでも共存していくことの困難さが描かれていた。今この時代に多くの人が抱える葛藤を、ファンタジーやSFなど様々なガジェットを使って展開させて、さらに最後に新しい価値観も提示する。そういう書き方をする短編なのだと思って、改めて勉強になりました。

斜線堂:もったいないお言葉すぎて、なんかもう、すごい汗をかいています。私は、今回、同じ条件なのにこんな解釈が繰り出されるのかと、毎回、学ばせていただくことばかりだったんですよ。とくに三編目の「アンチの恋」は、タイトルから想像される話とまるで違う展開が続いていて……。「こういうツイストのさせ方をするんだ」「アンチという言葉をこんな角度から見つめ直すんだ」と驚かされることの連続でした。とくに三編目は、「同じビルで起きる火災」を扱うことが決まっていただけに……。

――決まっていたのはそれだけだったんですか?

桜庭:幻庭堂という、二人の名前から一字ずつとった名前の神保町の雑貨屋さんを出しましょう、そこでハロウィンの日に火事が起きて、どちらの主人公もお店にいたことにしましょう、と。それくらいでしたね。どんな話にするかはまったくすり合わせていなくて、書き上げたあとに「死体の位置にちょっと矛盾が」というのはありましたけど、直すことになったのはその一か所くらい。

斜線堂:それなのに想定していた以上に物語がシンクロし、かつ、視点はまるで異なる、桜庭先生のすごさが染み渡る原稿になっていて。いちばん印象に残っていますね。

桜庭:それは、私が斜線堂さんの短編の書き方に、影響を受けたからもあるんじゃないかと思うんですよ。そもそも、私はふだん長編を書くことのほうが多いので、もしや短編の書き方をいまだにわかっていないのでは、という懸念があったんですよ。『文藝』の短編新人賞で、選考委員の方が「長編はゆっくり始まるが、短編というのは、始まったときにはもう取り返しのつかないことが起きているもの」とおっしゃっていたのが印象的なのですが、斜線堂さんの作品はまさに短距離走のスピード感があり、そのまま最後までぐいぐいと読まされてしまいますよね。自分はその部分の影響を受けながら書いたように思います。

斜線堂:逆に、私の小説は、意識的にも無意識的にもずっと桜庭先生の影響を受け続けているので、いただいたものの一部をお返ししている、ということなのかもしれません。もしそうだとしたら……すごく嬉しい。それに、桜庭先生は昨今、個人の傷に向き合う物語をたくさん書いてくださるじゃないですか。私は、とくに短編を書くときは「自分が今までの人生で受けてきた傷をなんとか昇華したい」という気持ちがあって。桜庭先生の著作に触れることで、より深く踏み込んで、人生とその傷について考えるようになったんです。

桜庭:たしかに「傷を描く」という共通点がこの本にあるかもしれませんね。韓国の作家ハン・ガンさんは、光州事件などの社会的な事件をテーマにすることも多いのですが、それについての韓国の作家による興味深い論考を読みました。本当は傷があるのに、あると言うことさえ許されず沈黙を強制されているとき、ここに傷があるよと声を上げるのも小説家の仕事の一つなんだと。なぜなら傷を可視化させることによってしか治癒は始まらないからだと。とても感銘を受けたのですが、これに近いことを私は斜線堂さんの二つ目の短編「場外戦」からことに感じました。

斜線堂有紀「十代の私にとって道しるべとなってくれた」

――「場外戦」は、男性が主流のカードゲームコミュニティに属する女性を描いた物語ですね。

斜線堂:私自身が、過去に言われていやだったことを、そのままセリフとして書いているんですよ。「(ゲームを始めたのは)彼氏の影響とか?」とか「気持ちよく囲わせてくんないかな」とか、いつか使おうと、ノートに書き溜めていた。一生忘れないからな、って。

桜庭:「気持ちよく囲わせてくんないかな」は、「何かしらのポンの気配」、おそらく頭ポンポンされることを察知して主人公が避けたときに、男性が機嫌を損ねて投げたセリフですよね。相手の土俵で出世するため、かわいげのあるマスコット的なマイノリティであることを強いられる。そのしんどさは、まさに、私も含め多くの人が「なかったこと」にしていた傷を可視化させるものではないでしょうか。女性はもちろんのこと、一人だけ若者だったり、人種が異なっていたりと、様々な属性の交差点で起こり続けていることで、斜線堂さんの個人的な経験が普遍性な物語に昇華されていると思います。

斜線堂:ただ、そういう現状を打破せずに甘んじることを楽しんでいた、気持ちよさを感じる瞬間もあったな、ということも書かなければいけないなと思ったんですよね。

桜庭:馬鹿にされているなかにもぬくみがあり、屈辱的ではあるけど、同時に心地のよい居場所でもあるんですよね。主人公の、その独白もまた、ものすごくよくわかると思いました。しんどいし、悔しいけれど、そんな中にも、つい縋ってしまったぬくもりがあるから、簡単に割り切ったり、抜け出したりすることができない。

斜線堂:そうなんです。この小説が無料公開されたとき「どうしてこんなひどいコミュニティを抜け出さないのか」という感想も少なからず見かけたのですが、抜け出せないでしょう、と思ってしまう自分もいるんですよね。だって、楽しいこともたくさんあった。自分を認めてくれる場所が、確かにあった。だからこそ甘んじてしまう、そのすわりの悪さみたいなものも、ひっくるめて描けたのはよかったなと思います。もっとああすればよかった、こういう態度をとらなきゃよかった、という私自身の気持ちが、読んでくれた人の「こうはなりたくない」と言う気持ちに昇華されたら、ちょっとは救われるかもしれないな、と。

――そうした傷の物語を、少女を軸に描くことに何か、お二人にとって大きな意味はありますか。

桜庭:私は、実を言うと未だに「自分がなぜ少女を書くのか」について、よくわかっていないんです。インタビューでは「大人なら耐えられてしまうことも、少女を通じてなら耐えきれないものとして描くことができるから、感情の増幅装置として書きやすい」と話すこともありますけど……。そもそもは、ライトノベルでデビューしたので、読者の方の年齢に合わせて主人公の年齢がさがっていった、そうしたら意外と自分にとっても書きやすかったし、読者の方からも受け入れてもらえた、というのが正直なところなんです。

桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(角川文庫)

 ただ、やっぱり自分の生きてきた実感がそこにあるから、というのは大きい気がします。大塚英志さんが女の子の成長物語にはたいてい喪失があるとおっしゃっていたと思うのですが。初期に書いた『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(角川文庫)という小説も、たしかに痛みとともに大人になっていく少女の物語でした。ある種の少年マンガのように、敵を倒して何かを手に入れるよりも、傷を受けて苦しみながらかろうじて大人になっていく物語のほうに、自分にとってのリアリティがあるのだろうと思います。

斜線堂:たぶん、だから、桜庭先生の書く物語は、十代の私にとって道しるべとなってくれたんだろうなと思います。ただ、桜庭先生の書かれる少女は多面的なんですよ。大人になった今でも、あのころの自分を追想するような少女を描かれることもあれば、これは私のなかには全然いなかった、と感じさせられる少女を描かれることもある。一人ひとりがあまりに違う人間だから、ご自身でも「少女を書いている」という感覚が薄いのかもしれません。ある人間の、少女だった時代を書いていらっしゃるだけ、という感じなんですよね。

桜庭:ああ……そういうところは、あるかもしれません。

斜線堂:逆に私は、お恥ずかしながら、少女を書くときはだいたい、自分の傷のことを書いているんですよ。自分の中にかつてあった少女の残滓を拾い集めて書いている、という感覚だから、俯瞰して少女という存在に向き合えているわけではない。ただ、作品をひとつ書くごとに区切りがついて、その痛みを自分から切り離している感覚があるので、いずれ自分のなかの傷に踏ん切りがついたら、そのときはじめて、客観的な存在として、少女というものに向き合えるのかもしれません。

桜庭:そういう、少女性の違いみたいなものもあって、おもしろい一冊になりましたよね。斜線堂さんの短編と並走するかたちだから書くことができたと思うし、これからもたくさん短編を書いてみたい、と思えるようになりました。今、この競作のお仕事ができたことを、すごく嬉しく思っています。

斜線堂:私は、あまりにこの一冊を好きになってしまったからこそ「やっぱり今じゃない、直木賞をとってから出すべき本だ」と思ってしまうんですよね。桜庭先生の文章のあまりのうまさに、音読したくなることのくりかえしで、その隣に自分の小説が並んでいると、よりいっそう「美しい文章とはこういうものだ」と思い知らされる。だけど、やっぱり、ご一緒できてよかったという気持ちで胸がいっぱいだし、本当に素敵な短編集になったと思います。十年後にぜひ、もう一度ご一緒させてください。

桜庭:では、直木賞作家になった斜線堂さんと、十年後にまた。そのときを、楽しみにしています。

■書誌情報
『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』
著者:桜庭一樹/斜線堂有紀
価格:1,980円(税込)
発売日:2026年5月20日
出版社:河出書房新社

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