梨『オブラートに包まれた怪談』を角由紀子はどう“呑み込んだ”?「嫌な気持ちになってください(笑)」
ウェブや書籍でホラー小説を発表するかたわら、話題の体験型ホラーイベント「恐怖心展」を企画するなど、ホラーカルチャーの最先端で活躍する気鋭の作家・梨。4月に発売された新作『オブラートに包まれた怪談』(サンクチュアリ出版)は、本に封入されたオブラートが読者をリアルな恐怖体験に誘う、斬新な仕掛けのホラー小説だ。“読む儀式”ともいうべき作品は、どのように生まれたのか。内外のオカルトに詳しい作家・編集者の角由紀子と語り合う。
令和のホラーは「読む」から「体験する」へ
角由紀子(以下、角):『オブラートに包まれた怪談』(以下『オブラート』)、めちゃくちゃ面白かったです。薄いからすぐ読めるだろうと思っていたんですが、いざ読んでみたら内容が濃くて、ページを行ったり来たりしながら、じっくり楽しませてもらいました。最近のホラー小説って、こんな面白いことになっているんですね。
梨:ありがとうございます。このくらいの薄さで、ギミック(仕掛け)のあるホラー小説が受け入れられるようになったのは、背筋さんの『口に関するアンケート』(ポプラ社)の大ヒット以降だと思います。その波に乗ったというわけでもないですが、かなり自由にやらせてもらいました。
角:たしかに背筋さん以降の流れも感じましたけど、『オブラート』はもっとミステリー仕立てで、どこまで考察するべきなのか、自分自身が試されているような感覚があって、主体的に読み解いていくタイプの小説だなと思いました。
梨:正解はこうだと明示しているわけではないので、不親切といえば不親切な作りですよね。近年になってホラーが多様化し、こういう挑戦的な作品も受け入れられる土壌ができた。ホラーや怪談やオカルトを好む人が、ここ数年で急増しているように感じませんか?
角:そうですね。一昨年、梨さんも関わっておられた体験型イベント「行方不明展」に行ったんですけど、若い人がすごく多かったのが印象的でした。それもホラー好きという雰囲気じゃない人が多くて、ゲーム感覚でホラーが楽しまれていると感じましたね。
梨:ゲーム感覚、そうですよね。わたしもこの本は謎解きゲームを作るような意識で書いていましたから。角さんは脱出ゲームなどに行かれますか?
角:あんまり行かないですね。
梨:わたしは脱出ゲームとか謎解きゲームを作る側にいた人間なんです。その際に学んだギミックを、小説を書くときにも流用しているようなところが多分にあって。
角:それは十分に伝わってきましたよ。物語を味わうというより、体験しているという感覚に近かった。面白いなと思ったのは、これまでホラー体験は霊感のある限られた人にしかできなかった。でも最近は誰でもイベントなどで、擬似的にホラー体験ができる時代になっています。スピリチュアル界隈でも事情が似ていて、今アヤワスカというものが話題になっているんですね。もともと南米のシャーマンが宇宙的なビジョンや啓示を受けるために飲む幻覚剤なんですが、最近では一般に広がって、多くの人が摂取するものになってきています。誰もが体験者になる時代が訪れているんだなと。
梨:そういう流れは感じますよね。
角:スピリチュアルやオカルトの世界において、体験は極めて重要なものです。いくら科学が発展しても、第三者的な目線では神秘主義の本質に迫ることはできない。体験しないと得られないものって必ずあるんですよね。この本は儀式体験がセットになっているのが素晴らしいし、オカルト的にも正しいんじゃないかと思います。
アタッシュケースいっぱいのオブラートから始まった
――『オブラート』には読者をある体験に誘うギミックが使われていますが、そもそも執筆の経緯とは?
梨:そもそもはサンクチュアリ出版の編集さんから「オブラート会社と一緒に本を作りませんか」という依頼があったんです。
角:え、そこからなんですか!?(笑)
梨:打ち合わせのために喫茶店に行ったら、映画で見るようなアタッシュケースが出てきて、中に大量のオブラートが入っていた(笑)。「オブラートを使った恐怖体験ってどうでしょう」と言われて、面白そうだなと思ったのが出発点ですね。
角:オブラートありきで始まったんですね。面白い。
梨:オブラートを小説に絡める時点でかなりトリッキーな本になるのは分かっていたので、じゃあ内容はできるだけオーソドックスな怪談文芸にしようと。それで幽霊や霊感、儀式にまつわるストーリーができあがりました。
角:梨さんの年齢だと、オブラートってあまり馴染みがないんじゃないですか。
梨:実は人生で一度も使ったことがなくて。角さんはどうですか?
角:おばあちゃんが使っているのを見ていて、たまに真似して薬を飲むときに使う、そのくらいの距離感ですかね。もちろん知ってはいるけど、そこまで普段使いするものではない。
梨:そういう感じの方が多いと思います。日用品ではあるけど、生活から半歩ずれている感じというか。その絶妙な立ち位置だからこそ、色んなものと結びつけやすい。それに今回初めて口に入れましたが、無味のデンプンって食感も独特ですよね。本来の用途から薬や病気ともイメージが重なるし、ホラーのモチーフとしては実はぴったりだなと気づきました。
角:最近話題の下北沢タイムリープ(お笑い芸人が昭和50年代にタイムスリップしたとされる事件)でも、体験者は白い靄のようなものをくぐり抜けたと言いますしね。半透明のオブラートは、案外オカルト方面と親和性があるのかもしれない。
梨:作中ではオブラートのさまざまな側面を引き出したいと思いました。水に溶けるというのもそうだし、もやのように半透明というのもそう。「オブラートに包む」という慣用句が持っている独特の響きとか、オブラート会社の営業妨害にならない範囲内で、連想を広げています。
水に浮かぶ顔の気味の悪い「のどごし」
――長崎県の寂しい漁村に住む語り手「私」が、客に向かって自らの生い立ちを語る、というのが本書のあらすじ。病弱だった「私」は父に連れられ、奇妙な家を訪ねます。
梨:舞台になっている九州の寂しい町というのは、思いっきりわたしの地元のイメージなんです。もちろんこんな怪しげな儀式はなかったですけど、閑散とした街並みはわたしの原風景で。長崎はキリスト教文化も早くから根づいているし、儀式や民間療法を扱うにはちょうどよかった。
角:主人公が連れて行かれる家は、『犬神家の一族』を連想しましたね。じとっとした重たい空気が漂っていて。よく分からない大人たちに自分の命を握られているみたいな。
梨:この手の民間療法って、地方ではまだ残っているところがありますよね。わたしの実家のあたりでは「骨噛み」(死者の骨を遺族が噛んで呑みこむ葬送儀礼)が曾祖父の代くらいまではまだあって、そういう記憶が反映されているのかもしれない。
角:確かに、読んでいて骨噛みは思い浮かびました。主人公はその家で、黒っぽい水を飲まされるじゃないですか。その姿をみんながじっと見ているのが、すごく嫌でしたね。
梨:子供の頃って、薬を飲むときは大人にじっと見られていませんでした? そういう庇護された記憶と、あとはオブラートの語源って、キリスト教のミサで使う「聖餅」なんです。ミサではみんなが見ている中で、聖餅を口に含む。家の中での儀式は、そのあたりのイメージを重ねて書いています。
角:民間信仰とか民間療法って、もともとベースになるものがあって、それが地方ごとに変化して独自の形になるというものだと思うので、淋しい町の一軒家でああいう儀式が行われているというのは、妙なリアリティがある。
梨:わたしはそこまで呪術に詳しくないんですが、ここに出てくる儀式って似たものが存在していたりします?
角:中国ではお札を焼いて、その灰を混ぜた水を飲むという呪術があるらしいですよ。あと主人公が筆で文字を書かれるじゃないですか。あれもいかにもありそうですよね。手のひらに人という字を書いて飲めば緊張しないというおまじないもありますし、越路吹雪さんはステージに立つ時には、背中に虎という文字を書いていたらしい。文字のパワーを体に取り込むみたいな信仰は、普遍的なんじゃないでしょうか。
梨:耳なし芳一が体にお経を書くのもそれに近いですね。わたしはネット怪談を通ってきた人間なので、水と呪術といえば「おつかれさま」を連想するんです。コップに水を用意して、呪文を唱えてそれを飲むことで、悪いものを体に取り込んでしまうという、ネット上に投稿された怪談。
角:ありましたね、「おつかれさま」都市伝説。
梨:あれが流行ったのもリアリティがあったからですよね。霊的な力が宿った水を取り入れるって、たとえ嘘だとしても気持ち悪い。
角:『オブラート』はそういう生理的にいやーな感じを、うまくすくいあげていると思います。
梨:人の顔が浮かんだ水を飲みこむ抵抗感とか、ぷるぷるしたものが口に入ってくる感触とか、主人公のした体験は極力鮮明に描写するようにしました。読者にもその異様な感じを追体験してもらいたかったので。
角:梨さんご自身は恐怖体験とか心霊体験をお持ちなんですか。
梨:それがゼロなんです。もし部屋に幽霊が出てくれたら、すしざんまいの社長のポーズで大歓迎するんですけど(笑)。ホラー小説を書いているのに、その手のエピソードがひとつもない。忸怩たる思いです。
角:それでここまで得体の知れない感じを想起させられるのは才能ですね。
オブラートに何が印刷されていたら一番嫌なのか?
――この本の末尾には「本編」として、添付されているオブラートを使った儀式のやり方が掲載されています。ここが最大の特徴ですね。
梨:ここはおまけ的な見方もできるんですが、オブラートを使ったギミックを含めてひとつの作品なので、ぜひ実際に試してみてほしいです。
角:どこまでが小説なのか、読んでいて戸惑うんですよね。「内容物は食用ではありません」という注意書きが何度も出てくるし。梨さん的にはここがむしろ本編なんですね。
梨:そのつもりでした。「食べられる怪談って面白くない?」という思いつきだったんですが、裏話をしてしまうと食用だと書いてしまうと書店に置けなくなるんですよ。それで「受け入れる」という言葉を使ったんですが、むしろ儀式っぽさが強まってよかったと思います。角さん、最後までやりました?
角:もちろんやりましたよ!
梨:すごい。わたしの周囲でも実際に試したという人は1割か2割。気味悪がってやらない人が大半みたいです。
角:きっと今日遅れたのは儀式のせいですよ。タクシーで2度も交通事故に遭遇するし……(角さんは会場を勘違いして、この日の取材にやや遅れて登場)。ところでオブラートに印刷されている、この女性は誰なんですか。
梨:この写真は素材として購入したものなんです。
角:え、実在する方なんですか。てっきりAI画像だと思っていました。実在する誰かと思うと、余計に嫌ですね。
梨:創作だと頭では分かっていても、「これ試して大丈夫かな」という気持ちに1パーセントくらいはなってほしくて。
角:このモデルの方をちょっと探しに行きたいですよね。こんなにオブラートに溶かされて、飲まれて大丈夫なのか気になる(笑)。
梨:何かを呑みこむとか、食べるっていう行為には呪術的な面がありますね。
角:あります。さっき言った中国のお札を灰にして飲みこむという儀式もそうだし、カニバリズムも呪術的な意味合いが強かったですからね。この本に出てくるような儀式も、民間療法としてどこかの地方で行われていてもおかしくはない。それにしても、知らない女性の顔写真っていうのは、かなりきついですけどね。コップに浮かべながら、何やってるんだろうと思いましたから。
梨:ここは大喜利的な発想で、「オブラートに何が印刷されていたら一番嫌だろう」とあれこれ考えて。誰だか分からない女性の写真っていうのは、かなりポイントが高いんじゃないかと思いました。
角:これ以上ないですよ。
梨:試作品としてもらったオブラートがうちにはまだ200枚くらいあって。最近はアレンジレシピを開発するのにはまっているんですよ。おすすめはオブラートにバニラアイスを載せて、生春巻きのようにして食べるスイーツ。これはおすすめです。
角:でも顔が印刷されているんですよね(笑)。
梨:食べているうちに顔写真がどんどん溶け出して、青紫色のバニラアイスができます(笑)。
「騙されたと思って、嫌な気持ちになってください(笑)」
――梨さんの小説には常に、フィクションとリアルを繋げようという試みがあるように思います。
梨:それはわたしがリアルイベントを作る側の人間でもあることが大きいんですけど、やっぱり身体的な体験って強いんですよ。プレイヤーに爆発物の起爆装置を押させるとして、タブレットの画面でタッチさせるのと、物理的なボタンを指で実際に押させるのとでは体験感が全然違うんです。どんなにグラフィックに凝っても、抵抗感を感じながらボタンを押しこむという体験には敵わない。
角:iPhoneもホームボタンがあったほうがいいという意見が根強いですからね。
梨:体験するホラーを自分なりに突き詰めたのが、去年渋谷で開催したイベント「恐怖心展」です。先端恐怖症とか閉所恐怖症とか、色んな恐怖をテーマにした展示ですが、会場がめっちゃ賑やかだったんですね。恐怖という感情は誰にとっても自分ごとだし、だからこそ語り合いたいものなんだなと実感しました。
角:それは「行方不明展」でも思いましたね。展示品を見ていると、自分の記憶と向き合うことになって、懐かしさが浮かんでくるんですよ。ホラーって怖いだけじゃなく、エモいものでもあるんだなっていう発見がありました。
梨:恐怖心って自分の深いところと結びついていますからね。『オブラート』は主人公が一人称で幼少期の恐怖体験を語っていくので、読んでいてシンクロしやすい作りになっていると思います。
角:しかも作中の儀式をすぐに体験できる。灘校の有名な国語の授業で、中勘助の『銀の匙』をみんなで実演するっていうのがありましたが、本の内容を追体験するってなかなかできることじゃないと思うんですよ。儀式を実践した後で読み返してみると、感じ方が変わってきますからね。これは絶対試したほうがいい。
梨:実験しやすいようにオブラートは3枚入れているんです。1枚犠牲にしてもまだ2枚残るので、まだの人は騙されたと思って試してみてください。本当に嫌な気持ちになります(笑)。
角:残った2枚はアイスリームを載せて食べてもいいですしね。
梨:メープルシロップをかけるのがおすすめです。まだ大量に残っているので、これからもアレンジレシピを開発していきますよ。
角:この夏流行るかもしれないですね(笑)。
■書誌情報
『オブラートに包まれた怪談』
著者:梨
価格:1,540円
発売日:2026年4月7日
出版社:サンクチュアリ出版