青崎有吾が語る、改訳新版『そして誰もいなくなった』の衝撃「クリスティーはフェアプレイを貫いている」
世界で最も読まれているミステリの金字塔、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』。この度、翻訳者・青木久惠氏の手でブラッシュアップされた「改訳新版」が早川書房より刊行された。本作を「ミステリへの入り口」と語る作家・青崎有吾は、令和の今、この新版をどう読み解いたのか。
再読して感じた「疾走感」の正体から、映画『マッドマックス』に例えられる物語の推進力、そしてクリスティーが仕掛けた「シームレスな伏線」の技法まで。現代ミステリの最前線を走る青崎が、時代を超えて愛される「ミステリの女王」の真髄を語る。
改訳新版で再発見した「疾走感」
――まずは『そして誰もいなくなった』改訳新版を読んだ感想をお聞かせください。
青崎有吾(以下、青崎):ひとことで言うならば現代的で非常に読みやすくなっていると感じました。『そして誰もいなくなった』を最初から最後までじっくりと再読するのは二十年近く前に清水俊二訳で読んで以来なのですが、清水訳と比較するとリズム感に溢れているというか、疾走感があるんですよね。今回の改訳新版は青木久惠さんが翻訳を手掛けた新訳版(2010年刊行)を青木さんご自身がブラッシュアップした改訳版ということですが、現代日本のエンタメ小説を読み慣れた人にも馴染みやすいように整えられていると思いました。
――改訳新版を読むことで、物語じたいの印象が変わった部分もありますか?
青崎:『そして誰もいなくなった』は自分にとってミステリへの入り口となった作品でして、謎解きミステリとしての出来栄えばかりが印象に残っていました。ですが今回の改訳新版で改めて読み直すとスリラーとしての読み応えにインパクトがあって、謎解きだけに収まらないエンタメ小説としての力強さを感じました。
――「自分にとってミステリへの入り口となった作品」ということですが、『そして誰もいなくなった』という小説の存在を知ったのはいつ頃のことでしょうか?
青崎:タイトルを知ったのは小学生の時ですね。今は休刊になってしまいましたが、小学館の学年別雑誌を毎月、お祖父ちゃんが買ってくれていたんです。当時の学年別雑誌は子供向けにしてはけっこう攻めた企画が載っていて、その中に小説特集もあったんですね。その特集のおまけに、雑誌に漫画連載を持っている漫画家さん達がそれぞれお薦めの小説を紹介するコーナーがついていて、うろ覚えですが、一人の漫画家さんが「夜に読み始めると眠れなくなるから要注意」みたいな感じで『そして誰もいなくなった』を薦めていたんです(※)。そこで「何だこれ、面白そう」と思って、本のタイトルだけずっと頭の中に残っていました。
――実際に読んだのは、もっと後のことでしょうか?
青崎:そうですね。小学生の時はミステリよりもファンタジーやSFを中心に読んでいたので、『そして誰もいなくなった』については「いつか読むぞ」と頭の中でしばらく積読状態になっていました。初めて読んだのは高校一年生の時です。読んだらもう、べらぼうに面白くて「おお、これは確かに徹夜本だ!」と、小学館の学年別雑誌で得た情報の答え合わせが約数年越しに出来た気がしました。そこからですね、ミステリというジャンルに本格的に嵌まっていったのは。
※編集部注=『小学六年生』2003年12月号の「名探偵コナンがオススメ ミステリ&ファンタジーの世界へGO!」にて紹介記事があった
『そして誰もいなくなった』は『マッドマックス』である
――「謎解きミステリとしての出来栄えの方が印象に残っていた」と仰っていましたが、改訳新版を読んで「謎解きミステリとして、やはりここが優れている」と改めて感じた部分はありますか?
青崎:フェアプレイを貫いている点です。これは『そして誰もいなくなった』に限らずクリスティー作品全般に言えることですが、読者へ向けて大胆に伏線を提示しているんですよね。『そして~』もミステリとしてかなり攻めた仕掛けをしていますが、嘘は一切書いていない。さきほどスリラーとしての読み味の話をしましたが、フェアプレイを順守しているからこそスリラーの部分が際立っているのだと思います。
――再読すると伏線の大胆さに改めて驚きます。
青崎:そうそう。ネタばらしになってしまうので詳しいことは言えないのですが、犯人のモノローグも堂々と挟まれますし、序盤のある個所では、終盤で重要な役を担うアイテムがはっきりと描写されている。「うわっ、何で気が付かなかったんだろう」と思いました。これはクリスティーのストーリーテリングの力によるものでしょう。スリラーとして読者が物語に没入している最中に堂々と伏線を張ってみせる。見事というしかない手腕ですね。このくらい大胆に、かつアンフェアでない記述が自分にも出来ればと思います。
――謎解きミステリとしての観点以外で「やはり、ここは凄い」と改めて感じた部分は?
青崎:物語全体に無駄がない点です。『そして~』は孤島ミステリの名作と謳われることが多いのですが、実を言うと舞台となる島の描写についてクリスティーはそれほど細かく書き込んでいるわけではないんです。屋敷の描写についても同じ。序盤の展開についても一通り登場人物を描いたら、後はすぐに本筋の事件へと入っていくという手際の良さを見せています。つまりクリスティーは読者が退屈に感じると思われる部分をあらかじめ削ぎ落しており、そこから物語の推進力を高めることに成功しているんですね。だから僕は『そして誰もいなくなった』とは、ずばり映画『マッドマックス 怒りのデスロード』であると断言したい。
――意外な喩えがいきなり出てきて吃驚しました(笑)
青崎:突然すみません。ただこの喩えは改訳新版を読んでまっさきに頭に浮かんだんです。『マッドマックス 怒りのデスロード』は膨大な技術を注いで生み出された疾走感と没入感が魅力の映画ですが、『そして~』も綱渡りのような大技を細かな技巧でカバーしつつも勢いで読ませてしまう作品ですよね。よくよく考えると大味な小説なんだけれど、そんなことを気にせず勢いで楽しめてしまうところが『そして~』の美点ではないかと捉えています。
膨大な歯車が噛み合い、一つの「装置」となるクリスティー作品の凄み
――先ほど「このくらい大胆に、かつアンフェアでない記述が自分にも出来れば良いなと思う」と仰っていましたが、『そして~』に限らずクリスティー作品において「謎解きミステリの作家として、ここは範としたい」と特に強く思う部分はどこでしょうか?
青崎:情報の出し方ですね。特に会話の中に物語を構築する上で必要な情報を盛り込んでいくところは真似しようと思ってもなかなか出来ない。登場人物同士の何気ない会話にクリスティーは色々と情報を入れ込むんですが、情報の繋ぎ方がシームレスというか余りにも滑らかで、謎解きを行う上で重要な情報が隠れているのか否か分からないまま読者は進んでしまう。僕は学生時代に演劇を学んでいたので余計に気になるのかもしれませんが、クリスティー作品における演劇的な会話の作り方を読むと「自分もこういう書き方が出来れば良いな」と感じます。手がかりや伏線の隠し方といった謎解きミステリを作る上での技法というより、小説を書く上での技法なんですね、クリスティーが優れていたのは。
――なるほど。会話におけるシームレスな情報の繋ぎ方など、小説の技法が秀でているからこそ謎解きミステリとしても優れた作品を残せた、ということでしょうか。
青崎:はい。もちろんクリスティーはトリックメーカーでもあり、特に有名作品を読めばミステリとしての大胆なアイディアを生み出すことに秀でた作家だということが分かります。ただ、いま改めてクリスティー作品を読むと「トリックだけが魅力ではないな」と感じる部分の方が多いですね。クリスティーの小説は膨大な数の歯車が用意されていて、それらが一つ一つ精巧に組み合わさって出来上がっているようなイメージです。謎解きミステリでいうところの伏線や手掛かりというのも歯車の一つで、小説を構成する他の歯車に組み込まれ、きちんと噛み合う形でひとつの装置になっている。だからこそ謎が物語の中に溶け込んでいて、読者は大胆な伏線の張り方や手掛かりの提示だと受け取るのだと思います。
ミステリ作家が太鼓判を押す、クリスティー「最初の一冊」
――クリスティーは数多くの作品を残しましたが、その中から青崎さんのベスト3を選ぶとすれば?
青崎:自分の中でクリスティー作品のトップ2は不動で決まっているんですね。『ゼロ時間へ』と『白昼の悪魔』です。この二つの作品は序盤の展開がスリラー重視というか「これからいったい何が起こるの?」という読者の不安を煽るような書き方が本当に上手くて、焦らして焦らして、中盤からは極上のミステリに転じます。そこが好きです。特に『ゼロ時間へ』はプロローグで「そう、すべてがゼロ時間に集約されるのだ」という一文が書かれて、読者の興味を大いに掻き立てる外連味もあります。このトップ2以外は流動的で時々の気分によって変わるのですが、いまベスト3を選ぶとすれば3冊目は『春にして君を離れ』になるでしょうか。この小説は年を取るごとに凄さが分かるというか、身につまされる作品だと思います。
――ではクリスティー作品をまだ読んだことが無い人に向けて、入門として一冊お薦めするならば?
青崎:『五匹の子豚』です。いわゆる「回想の事件」と呼ばれる形式のもので、探偵役であるエルキュール・ポアロが過去に起きた事件の再調査のために関係者を訪ね歩くお話になっています。クリスティー作品は登場人物が大勢出てきて最初は話が冗長に思えたり、とっつきにくさを感じたりすることもあり、それが未読の人にとってハードルになっている気もします。ですが『五匹の子豚』の場合はインタビュー小説の興趣があるためか物語の構造が明快で、ふだん翻訳小説を読み慣れていない人もとっつき易さを感じると思います。また、この作品はラストシーンが良いんですよね。クリスティー作品のなかでも印象深く、忘れ難い幕切れになっています。
ちなみに、『五匹の子豚』を読んで「もっとクリスティー作品を読んでみたい」という方が出てきたら、霜月蒼さんの『アガサ・クリスティー完全攻略』(ハヤカワ文庫)を参考にして次に読む作品を探していくと良いと思います。
――『五匹の子豚』を含め、青崎さんに挙げていただいた作品はいずれも1940年代前半に書かれたもので、クリスティーのキャリアの中では中期に位置づけられる時期のものですね。『そして誰もいなくなった』も1939年。まさに作家として脂が乗っていた時です。
青崎:『アクロイド殺し』(1926年)など、初期の頃からアグレッシブな作品を書く作家でしたが、それが更に成熟を重ねて『ゼロ時間へ』や『五匹の子豚』のような傑作を連発するようになるわけですよね。そこがアガサ・クリスティーの素晴らしいところだと、作家の立場から一層強く思います。
■書誌情報
『そして誰もいなくなった〔改訳新版〕』
著者:アガサ・クリスティー
翻訳:青木久惠
価格:1,815円
発売日:2026年3月2日
出版社:早川書房
レーベル:クリスティー文庫