杏が語る、3児の母が“パリと東京の二拠点生活”を続ける秘訣「当たり前のことを当たり前に毎日続けるっていうのが大事」
3歳の双子と1歳の長男を連れて、パリへ――。
聞くだけで大仕事だが、それをどこか軽やかにやってのけるのが女優・杏だ。思い立ったら動く。その勢いのまま愛犬も連れ、パリと東京を行き来する2拠点生活をスタートさせた。大胆さと冷静さが同居する日々が、まぶしくも微笑ましい。
3月18日、『杏のとことこパリ子連れ旅』(ポプラ社)と『杏のパリ細うで繁盛記』(新潮社)の2冊を同時刊行。ベビーカー2台で挑んだ渡航の記録から、現地での学校生活、仕事で滞在したフィンランドでの時間まで、愛しい瞬間が詰まっている。
今回、パリからのリモート取材に応じた杏。2冊それぞれの味わい方や制作の舞台裏、そして慌ただしい毎日のなかでも健やかさを保つための秘訣についてたっぷりと語ってくれた。
いつでも見返せるように、忘れたくない記憶こそ“書いて”残す
――2冊同時発売となったのは、どのような背景があったのでしょうか?
杏:もともとは別々に進めていたのですが、「同じタイミングのほうがより楽しんでもらえるかもしれない」となって、出版社さんのご協力で同時刊行になりました。
『杏のとことこパリ子連れ旅』は、移住のきっかけになった旅の記録です。子どもと旅をする中で実際に役立ったことや、訪れてよかった場所も紹介していて、ガイドブックのような感覚で読んでいただける一冊です。
一方の『杏のパリ細うで繁盛記』は、2拠点生活が始まってからの日々のあれこれを綴ったもの。パリと日本を行き来する中での出来事や気づきを、日記のようにまとめています。
――作中で「よくやった自分」とおっしゃられているように、本当によくやられたと思います(笑)。
杏:みなさんにもそう言っていただけるんですが、私のなかではむしろ三人だからこそ助けられている、と思うところもあるんですよ。
子どもが3人いると、それはそれで子どもたちのなかに小さな社会のようなものが生まれますし、そこに犬2匹もいるので、関係性が1対1になることがほとんどなくて。それが心地よいと感じる瞬間もあるんですよね。やっぱり、どの家庭にもそれぞれの良さがあって、それぞれの大変さがありますよね。
――女優業に加え、YouTubeでも精力的に活動されるなかで、子育てをしながら、さらにはエッセイまで執筆されている。そのバイタリティに感服します。
杏:小学生のころから記を書くことが習慣化していて、今ではもう書かないとスッキリしないくらいなんですよ。もちろん、最近は子どもたちが寝たあとや、起きる前に、2〜3日まとめてということも少なくありませんが(笑)。
私にとって“書く”という行為は、どこか頭の中の容量を少し軽くするような感覚があるんです。出来事や感情を「記憶」から「記録」へと移して、クラウド化して保管できているような。以前、愛犬のヤマトを見送ったときに、その思いを『ヤマト記』として書き残したことがあったんです。あのときはとにかく「書かなきゃ」という衝動に突き動かされていたんですが、振り返ってみると自分の中にある忘れたくない感情を、一度どこかに預けておきたかったんだと思います。形にしておけば、いつでも好きなときに見返せる。その安心感を知っていたからこそ、子どもたちとの旅の思い出も、流れていってしまう前に書き留めておきたいと思ったんです。
理想通りにいかなくても「何もできなかった」では終わらせない
――今回のエッセイでは挿絵も描かれていますね。Instagramでもお子さんたちのリクエストに応えてイラストを描かれていたのが印象的でした。
杏:絵を描くこともすごく好きなので、本当は毎日でも描きたいんですが、やはりそれは時間的にも難しくて……。なので、子どもたちに何か書き置きを残すときにイラストを添えたり、ぬりえがしたいと言われたらその線画を描いたり、そういうタイミングを楽しむようにしています。
――子育て中は「自分の時間が取れない」という声をよく耳にしますが、杏さんはいつもそうした時間の工夫をされて、活動的にご自身のやりたいことに取り組まれている印象です。何か秘訣はありますか?
杏:私も末っ子の長男が3歳を超えるまでは、どうしても頭が働かなかったですし、もはや記憶もないくらいでした(笑)。でも、少しずつ自分のペースというのが見えるようになってきて、「ここに合間ができるから趣味をしてみようかな」とか「通信講座で勉強してみようかな」みたいに考えられるようになったんですよね。
よく寝て、よく食べて、よく動いてっていう、当たり前のことを当たり前に毎日続けるっていうのが大事。なんて話している私も、まだまだ睡眠時間が短くて! 目標は7時間なんですけど、そんなに簡単には理想通りになんていかないです。毎日「これをやりたい」と思いながらも、思うように動けなかった日ももちろんあります。でも、「今日は何もできなかった……」という気持ちで1日を終わるのは、大変よろしくないと思っていて。休みことも、遊ぶことも、ある意味でやるべき「大事なタスクのひとつ」として、「今日は自分をいたわることができた!」ということにしています。
――そのポジティブな気持ちの切り替え方は、すごく参考になります。
杏:実は、今回のエッセイも完成までに約3年かけて、ゆっくりと準備を重ねてきました。本をコンスタントに、しかもハイペースで出されている方を見ると、「いったいどうやっているんだろう」と本気で思います。
私はというと、なんだかんだでいつも“お尻に火がついてから”ようやく本気を出すタイプで(笑)。毎年お正月には「今年こそは計画的に」と心に誓うのに、気づけば少しずつトーンダウンしていく。そんな自分も、ちゃんと自覚しています。
20代の頃と同じスピードで、30代、40代を走り続けられるとは思っていません。あの頃の勢いと回転数を無理に保とうとすれば、きっとどこかに歪みが出てしまう気がします。でも、それがそのままパフォーマンスの低下につながるかというと、そうでもないとも感じています。
たしかにペースはゆるやかになっているかもしれない。でも、それは熱量が下がったということでも、中身が薄くなったということでもない。年齢や環境に合わせて、力の注ぎ方を変えているだけなのだと思います。その時々でできるベストを尽くすという姿勢は、むしろ以前よりもはっきりしてきたかもしれませんね。スピードを追いかけるよりも、質や深さに目を向けるようになった。それはごく自然な変化なのだと、今は穏やかに受け止めています。
何が来ても対応できる柔らかさを持つためにベースを整える
――エッセイのなかでは杏さんがご友人たちと一緒に旅や日常を楽しまれているような印象を受けました。そうした人間関係を築く上で、日ごろから心がけていることはありますか?
杏:例えば、友だちから「実はこんなことがあって」と知ったときに、「なんだ、言ってよ!」と思うことってありませんか? お互いにそう思うぐらいの間柄だったとしたら、先にとりあえず話だけはする、ということは意識しています。もちろん、相手の好意をあてにして、あぐらをかくようなことにはならないことは大前提として。お互いに、気軽に頼り頼られる、そんな関係性がいいなと思っているんです。この前は、東京の家を友だち家族に貸したこともありました。私としては、空いている場所を使ってもらえたほうがありがたいくらいなので「ぜひぜひ!」という感じだったんですけど。
――すごい信頼関係ですね! 今の時代、なかなかそうした関係性を作るのが難しいと感じている方もいるかと思います。何か気をつけていることはありますか?
杏:まずはご挨拶から始めるのが大切だと思います。私も、毎日犬の散歩をしながら挨拶をしていたんです。そのうちにご近所さんと顔見知りになっていくので、友人たちが家に出入りするときにも、「友だちが遊びに来ているんです」と声をかけるようにしました。あえて引き合わせるというよりも、“「知らない人が来た!」ってビックリしないでくださいね”と安心していただくような感覚。そんなふうにしていたら、いつの間にかご近所さんと友人が連絡先を交換して仲良くなっていました(笑)。
――(笑)。杏さんが心地よく過ごせるようにと声をかけていくうちに、みなさんが親しくなっていくわけですね。そうした杏さんの価値観に刺激を与えている本はありますか?
杏:本も漫画もすごく好きで読書時間はご褒美タイムとしているんですけど、なかでも林芙美子さんや藤田嗣治さんなどパリ関連のエッセイ本は大正から令和にかけて片っ端から読みました。子育てについては、二宮和子さんや東村アキコさんといった漫画家さんのエッセイ漫画がすごく好きでよく読んでいます。
覗き見するような気持ちでページを開いてもらえたら
――現状としては、これからもパリでの子育てを続けられていくイメージですか?
杏:そうですね。こっちの学校では、始業式、運動会、文化祭、卒業式といった日本だと一般的な学校行事がほとんどなくって。親が学校に顔を出す機会が少なくて少しさみしくもありましたが、そういう経験も含めて今はパリで楽しくやっていけたらと思っています。
おそらく高校や大学ぐらいから、本人たちが「こうしていきたい」っていうビジョンが出てくると思うんです。なので、またその都度家族で話し合って、ひょっとしたらそれぞれバラバラの国に行くかもしれないですし、あるいは全員で日本にいるかもしれないし。全く読めないですね。私のお仕事に関しても、基本的にオファーをいただく立場なので、半年先、1年先に何をしているのかがわからない状態。なので、せめて何が来ても対応できるような柔らかさを持っていたいというのが、今の目標かもしれません。それこそ、どんな国の言葉の仕事が来ても行けるように、英語をやってみようかとか。体力をつけるためにダンスをやってみようかなとか。そういうベースを整えていくことを心がけています。
――今後もエッセイを書かれていくのでしょうか?
杏:そうしていきたいなと思っています。もともと私が行ってみたい場所がたくさんあって。でも、同時に「子どもたちの目にどんなふうに映るだろう」という思いも。振り返ってみれば、子どもがいなかったらここまで積極的に旅をしようと思わなかったところもあるんです。「いつか行けたらいいな」くらいで終わっていた可能性も。でも、そこに「せっかくだから子どもに体験させてあげたい」という気持ちが原動力になっているので。本の中でも触れていますが、「子どもたちに連れて行ってもらっている」とも解釈できると感じることがあります。
もちろん、費用を出したり予定を立てたりするのは私なんですが、それでも私が子どもに付き添っているわけでも、子どもたちが私に付き合っているわけでもなく。どちらかが主役というよりも、登場人物として一緒に成長していくような感覚に近いかもしれません。そう思える事自体が、とても豊かでありがたいことだなと感じています。いつかそんな自分たちの旅をひとつの本にまとめてみたい、というのがひとつの夢ですね。
――親と子、どちらも主人公として楽しむためのコツはありますか?
杏:小学校のときの校長先生がよく「心のアンテナを張っておきなさい」という言葉を使っていたんです。今の時代、スマホを見ていると次々と好みに合わせて「おすすめ」として情報を届けてくれますよね。好きなものを深めていくという意味ではとても優れたツールだなと思います。
一方で、思いがけない情報をキャッチする力は、また別のところにもある気がしていて。例えば、街でふと目にとまったポスターが、いつの間にか心に残っているときってあるじゃないですか。無意識のうちに吸収している何かが、あとから芽を出すこともある。だからこそ、そうした偶然から受け取る姿勢や、ふと動いた興味や好奇心を大切にしたいと思っています。
――ちなみに杏さんが、国内で住んでみたいと思っている場所はありますか?
杏:東京の上野あたりに一度住んでみたいなと思っています。歴史のある地域ですし、美術館や博物館がすぐに行ける距離にある暮らしにも憧れます。それから東京出身ということもあって、少し緑があるだけでもすごくうれしくなるんです。大自然とまではいかなくても、山が近いとか、空が広く感じられるとか、そういう環境には心が動きますね。
もしかしたら、何かのきっかけでそんな場所に住むこともあるかもしれません。実は、パリに行く前にも国内で7〜8回ほど引っ越しをしていて、それくらい知らない街で暮らすこと、新しい景色や空気に触れることは、私にとって大きな喜びなんです。
――これからも場所を選ばずに活動される杏さんと、いつか“ご近所さんになれる日が来るかも?”なんてワクワクしますね(笑)。では、最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。
杏:「パリ」とか「女優」というと、どうしても“華やか”というイメージを持たれがちですが、実際は家のことや日々のあれこれに追われていて、バタバタとした日常を送っています。そんな等身大の私のままに書いたエッセイです。「あ、こんな風に毎日を過ごしているんだな」と身近に感じてもらえる瞬間がきっとあると思います。どうか気負わずに、ちょっと覗き見するような気持ちでページを開いていただけたら嬉しいです。
■書誌情報
『杏のとことこパリ子連れ旅』
著者:杏
価格:1,760円
発売日:2026年3月18日
出版社:ポプラ社
『杏のパリ細うで繁盛記』
著者:杏
価格:1,760円
発売日:2026年3月18日
出版社:新潮社