大谷亨に聞く、デジタル民俗誌の最前線 「中国版TikTokには、柳田国男も垂涎の激シブ動画が氾濫している」
中国版TikTokを駆使し、中国各地のディープな信仰世界を歩く新機軸のルポ『中国TikTok民俗学』が発売された。著者の大谷亨(とおる)は、Xで「無常くん」を名乗る異色の民俗学者だ。本書では、セクシー九尾狐や和式大黒天など、社会主義国家のイメージを覆す奇々怪々な「珍神」を180点以上のカラー写真と共に活写している。
SNS時代の最新フィールドワーク術から、現地の人々と繋がるアドリブ旅の極意まで、大谷にたっぷりと語ってもらった。
「中国の死神」をきっかけに民俗学にのめり込む
ーー大谷さんの拠点は中国ですか?
大谷亨(以下、大谷):そうですね、中国の厦門(アモイ)大学に就職してもうすぐ3年になります。
ーーX(旧Twitter)で「無常くん」を名乗られていますが、その由来を教えていただけますか?
大谷:「無常」というのは中国の死神(しにがみ)の名前です。僕は『中国の死神』というタイトルの本も書いているほど無常が大好きなので、Xでは「無常くん」などと名乗っています。「さかなクン」みたいなものだとお考えください(笑)。
ーー大谷さんが中国民俗学を専攻された経緯を教えていただけますか?
大谷:大学院生の頃に清代末期の瓦版(かわらばん)を眺めていたところ、例の無常とバッタリ出会いました。面白そうだと思って調べていくうちに、無常というのは中国の一般大衆が信仰する死神だということがわかり俄然興味を持ちました。
ただ、一般大衆の信仰すなわち民間信仰というのは、文字の形では記録に残りにくいものです。つまり、文献研究には限界がある。というわけで、中国に長期留学し、無常信仰のフィールドワークに取り組むことにしました。大学に籍を置きながら週1回の授業に出て、あとは中国各地で無常を探し回る夢のような生活を送っていました(笑)。私が民俗学に首を突っ込み始めたのは、まさにその頃です。
ーー新刊『中国TikTok民俗学』では、民俗学の調査にTikTokを活用されていますが、その手法はこの頃すでに確立されていたのでしょうか?
大谷:そこに至るまでには、少し段階があります。最初にTikTokを意識したのは留学時代でした。とある友人が興奮気味に「TikTokには農村の日常風景が無限に投稿されてる! 民俗学やってるなら絶対に見た方がいい!」とお勧めしてくれたんです。ただ当時の僕は頭が固く、「TikTokが学術研究の役に立つわけないだろ」と聞く耳を持ちませんでした。
その直後、コロナ禍によって留学が中断。結局、留学が再開することはなかったのですが、怪我の功名と言うべきか、おかげでTikTokの真価に気づくことができました。実家でプータロー生活を送りながら、ふと友人の言葉を思い出してTikTokを覗いてみたんです。すると、そこはまさに民俗資料の宝庫でした。以来、夢中でスマホ越しに中国の様子を眺めるようになったんです。
TikTok民俗学のおもしろさ
ーーTikTokが民俗学に役立つなんて思ってもみませんでした。そのカラクリについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
大谷:まず重要なのは、僕が使用しているのは国際版TikTokではなく、中国国内向けに運営されている中国版TikTokという点です。中国版には国際版では決してお目にかかれないタイプの動画──すなわち「農村の奇祭」「旅芸人の記録」「誰かのお葬式」といった柳田国男も垂涎の激シブな民俗動画が氾濫しています。僕はその原因の一つに中国におけるスマホ普及率の高さがあると考えています。
ーー中国では電子決済システムの普及に伴ってスマホが生活必需品になったという話を聞いたことがあります。
大谷:そう、中国では買い物一つするにもスマホがないと不便なので、おじいさんおばあさんでも普通にスマホを使いこなしています。その結果生じているのが、TikTokユーザーの高齢化という現象です(笑)。
ーーなんと中国ではTikTokが高齢者のものになっている!?
大谷:いや、もちろん若者も使うんですよ。でも、明らかにユーザー年齢層の幅が他国に比べて圧倒的に広い。
ーー年齢層の幅の広さが投稿される動画の多様性を生み出しているという分析ですね。
大谷:若者に比べて中高年は流行に流されず、独自の感性でぶつかってくる傾向にあります(笑)。格好良くもないし、綺麗でも可愛くもない、等身大の日常をそのまま切り取ってくれる。その素朴さが、しばしば資料性の高い民俗動画となって現れるんです。
ーーほかに、TikTokを民俗学のツールとして活用する利点はありますか。
大谷:動画に付属するコメント欄は極めて重要です。例えば、「おらが村の習俗」を撮影した動画が投稿されたとする。すると、十中八九「なにやってんのこれ?」と誰かが質問し、それに対して投稿者が解説コメントを返信する。運がいいと、さらに野次馬たちも加勢して「俺の村はこうだ」「私の村はこうだ」と喧々囂々の議論が展開します。僕はそうしたやりとりを「みんなで作る民俗誌」と呼んで毎日眺めています。めちゃめちゃ勉強になりますよ。
中国を旅するなら「フツーの場所」を目指せ
ーー大谷さんは民俗学の調査のために中国を旅していますが、中国を観光旅行する際のコツがあったら教えてもらえますか?
大谷:僕がお勧めしているのは「フツーの場所」に行くことです。観光名所をめぐるのも悪くはないですが、そこから少し外れるだけで、ぐっと面白くなる。ありきたりな提案に聞こえるかもしれませんが、中国の場合は「ぐっと面白くなる」の程度が桁違いで「ぐっっっっっと面白くなる」。いや、これは本当です。
ーー『中国TikTok民俗学』でも、日本人はまだまだ中国のことを知らない、中国の「フツーの場所」にこそ驚きが満ちているんだ、という主張がなされていますね。
大谷:例えば、そこらへんの公園に行ってみてください。大勢の中高年が自前のサウンドシステムで爆音を垂れ流し、上手くもないダンスを自信満々に踊っている光景を目の当たりにすることになるでしょう。そこからさらに、「なぜ中国人は公園で白昼堂々踊り狂えて、日本人にはそれができないのか?」という深遠な哲学的テーマが導かれるはずです。万里の長城や故宮博物院を訪れるよりもずっと刺激的な異文化体験ができると思います。
ーー故宮博物院の名前が出たのでお聞きしたいのですが、大谷さんは博物館についてはどうお考えですか? あまり行かれない?
大谷:行きますし、大好きですよ。ただ、僕がより重視しているのは、未だ価値が定まっていないもの。言ってみれば、博物館が相手にしないものです。なので、博物館も大好きな一方で、博物館に行く暇があったら街をほっつき歩いて自分なりの国宝を見つけたい、見つけるべきだという気持ちが強くあります。
ーー話は変わりますが、『中国TikTok民俗学』を読むと、大谷さんの調査はかなり行き当たりばったりですよね。
大谷:そうですね。まずは動画を手がかりに現地を訪ねるんですが、それで終わりじゃない。むしろそこからが始まりです。なので、出発前は「いい旅になるかな」「原稿のネタになるかな」と不安でいっぱいです。でも、動画に映っていた場所に行くと、自ずと現地の人たちと繋がって、面白い展開が自然に生まれていくんです。
ーーちょっとした会話がきっかけで道が切り拓けていくんですよね。
大谷:そうなんです。出会った人との会話の中で引っかかるポイントに目ざとく食いつくことがかなり重要です。旅の予定を組まない代わりに、そこのアンテナだけはしっかりと張る。アドリブで旅をしていく感覚ですね。
中国は宗教大国だった!?
ーー『中国TikTok民俗学』は、各地の民間信仰を訪ね歩き、中国の「宗教大国」としての側面を描き出した意欲作です。本書に登場する民間信仰はどれも印象深いのですが、個人的にはセクシー九尾狐がツボにはまりました。タイ文化の影響を受けた神さまだそうですね。
大谷:セクシー九尾狐だけでなく、本書で取り上げた民間信仰の多くが中国国内で完結しておらず、諸外国との関係のなかで構築されたものでした。政治は往々にして国家間の分断をもたらしますが、そんな政治の不器用さとは裏腹に、文化は平然と国境を溶解させ、盛んに行ったり来たりしながら、相互に影響を与え合っているようです。
ーーそもそも中国にあんなに豊かに民間信仰が息づいているとは知りませんでした。
大谷:民俗学を専門とする私にとっても驚きの連続でした。個人的には、中国の南方地域──特に福建省や広東省で民間信仰が盛んだというのは知っていたんです。しかし、TikTokをお供に旅を続けるなかで強く実感したのは、そうした地域に限らず中国は遍く民間信仰の宝庫だということでした。
ーー 一般的に中国は「信教の自由がない国」と考えられていますが、それは間違いということでしょうか?
大谷:「間違い」というのは言い過ぎでしょう。信教の自由があるとはとても言えないと思います。しかし、多くの日本人がイメージしているような「無神論の国」でもまったくない。日本と同等かそれ以上に八百万の神々が息づく国と考えるべきです。
ーー癒やしを求める人々がフラリと訪れられる大衆生活に密着した宗教空間が中国各地で重宝されているというのも印象的でした。
大谷:僕はそうした宗教空間を「喫茶店的宗教空間」と呼んでいます。悩みがある人もない人も誰もが気軽に訪れておしゃべりに花を咲かせたり、あるいは一人ぼんやり黄昏れたりできる、まさに喫茶店のような宗教空間が中国をはじめタイやマレーシアには数多く存在します。もちろん、日本にも無数の神社仏閣がありますが、あれらがアジア諸国に観察される「喫茶店的宗教空間」と同等の機能を担えているかというとやや疑問です。中国を旅することで、かえって日本の宗教空間が抱える不足点が見えてきたのは大きな驚きであり収穫でした。
ーー本書のような中国の民間信仰をテーマとした本は、中国本土でも出版されているのでしょうか。
大谷:もちろんです。ただ、民間信仰の驚くべき豊かさに比べればまったく不十分な状態にあると言うべきでしょう。ちなみに、『中国TikTok民俗学』は発売直後にREDという中国のSNSでバズり、おかげで複数の出版社から中国語版の出版依頼をいただくことができました。どうやら中国の出版社は内容を読まずに翻訳の打診をしているようです(笑)。
ーー日本でもすでに各所で話題沸騰の『中国TikTok民俗学』ですが、さらに多くの読者に届いてほしいですね。
大谷:個人的には、中国に関する話題の「種類」を増やしたいんです。つまり、「習近平の話ばかりしてないで、たまにはセクシー九尾狐の話もしようぜ!」ということです。そうそう、『中国の死神』を出した時に、Wikipediaに「無常(死神)」という項目が立ったんですよ。それがすごく嬉しくて。今回の『中国TikTok民俗学』もほかでは読めない目新しいネタを自分の足で取材して書いているので、きっと「中国ってこんな国だったんだ!」と目から鱗が落ちるはず。ご一読いただけたら幸いです!
■書誌情報
『中国TikTok民俗学』
著者:大谷亨
価格:1,485円
発売日:2025年12月10日
出版社:NHK出版
レーベル:NHK出版新書