物語は「精緻なプロットを作らず」生まれた? 『暗君』本条謙太郎×『オルクセン』樽見京一郎トークイベントレポ

 2025年8月に発売されるや大評判となって『このライトノベルがすごい! 2026』の新作単行本・ノベルズ部門第1位を獲得した本条謙太郎『汝、暗君を愛せよ』(DREノベルス)。昨年12月に待望の第2巻が登場したことを記念し、こちらも人気作で最新の第6巻が昨年11月に発売された『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』(サーガフォレスト)の樽見京一郎との対談とダブルサイン会が1月11日、ジュンク堂書店池袋本店を会場に実現した。

 “サンテネリ・オルクセン和平条約会談”と、いつしか呼ばれるようになっていた本条謙太郎と樽見京一郎のトークイベントは、『汝、暗君を愛せよ』に対する樽見の「トップに立つ人間の孤独さが、こんなに色濃く反映された作品はないと脱帽しました。降伏します」という降伏宣言で幕を開けた。本条によれば、「夜中にお酒を飲んで良い感じにキマってきてから黙々と書き始めるので、かなり内面がダイレクトに出ています」とのこと。どのような孤独が本条を追い込んでいたのか気になるところだ。

 『オルクセン王国史』に対する本条の印象は、SNSで評判が流れて来て「面白そうだと読み始めたら引きこまれて、無我夢中で最後まで読みました」とこちらも絶賛。「この世界に新しく現れた精密極まりない箱庭の中に、一見テンプレ的に見えるかもしれないけれどそうではない意図を持って作り込まれたキャラクターが生きているんです」と、描き込まれた『オルクセン』の世界に脱帽の様子だった。

 驚くことに『暗君』も『オルクセン』も精緻なプロットなしに紡がれたそう。「カタカナでややこしい名前があるので忘れないようにする覚え書きくらい。結末をどうしようとも考えずトランス状態で書いていました」と本条。「A4で2枚ほどの設定を書いたくらいで、それも商業版の2冊目まで。あとは脳内で考えて書きました」と樽見。それで読者を納得の中に引きずり込んで離さない作品に仕上がるのだから、本条が「信じてません」と言いたくなるのも当然だ。

『汝、暗君を愛せよ』(DREノベルス)©Kentaro Honjo Illustration by toi8

 そもそも、どのようにして両作品は生まれたのか。ドラマチックだったのが本条。「元々文学とか哲学を学んでいて物語を書きたいとは思っていましたが、仕事を始める中で完全に頭から抜け落ちていました。ある日、酒を飲んで前歯を折ってしまって。歯科医をやってる古くからの友人と再会して、『昔書いていた作品とかあったよね、あれ書かないの? 俺はお前の作品を本で読むのが夢なんだ』とカッコいいセリフを吐かれて、書いてみようかなとなりました」。

 一般文芸や経済小説として書かなかったのは、「16世紀くらいの話を書こうと決めましたが、やり始めたら日本語に翻訳されている資料もフランス語版もなかったんです。そこで、ファンタジーと付けておけば誰にも文句は言われないだろうとファンタジーにしました」と本条。そうは言いつつしっかりと資料や論文を読み込み、「王様が通りすがりのおばさんに刺されるような場面も歴史上起こっていることなんです」といった感じに緻密な舞台を整えたからこそ、高い支持に繋がった。

『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』(サーガフォレスト)©Kyouichirou Tarumi  ©HIFUMI SHOBO イラスト/THORES柴本

 樽見の方は、「物流の『2024年問題』というのがあって、物流業の僅かな部分だけがクローズアップされていたので全体を描けないかと思ったのがきっかけです」と、経営している物流業に関する説明書的なものを想定していたことを明かした。「コロナが始まって対面営業ができなくなったので暇つぶしで書きました。20数年前に考えていた世界観を流用して作ったのが『オルクセン』です」。そこから半年ほどかけトランス状態でラストまで書き上げたそうだ。

 ここで樽見から意外な発言が。「『オルクセン』を書き始めた時に1番苦手で知らなかったのがドイツ軍なんです」。グスタフが率いるオルクセン軍がドイツ軍を思わせるだけに驚きを誘ったが、「どういったマニュアルがあるのか、用語があるのか調べました。プロイセンの歴史も勉強し直しました。お小遣いは資料代になくなりました」。そうまでして描きたかったのが物流に関連した「兵站」で、書いても通り一遍に読まれるだけの物流マニュアルではなく、ストーリーの中で必要があった時に説明や世界観を入れて分かりやすくしたそうだ。

 両作品とも実際の歴史を再現したような緻密さが特徴だが、時代や設定の考証について樽見は、「やって良いチートは10年と決めました」と、モデルとなっている時代からあまり未来の知識や技術を引っ張らないように注意したとのこと。「資料を読むのは楽しいですが、娯楽である以上はどこかで切り捨てます」。そうは言いつつ巻末の膨大な参考資料が『オルクセン』の特徴で、そこから取捨選択されたものだからこそ伝わるリアルさがあるのだろう。

 本条の方は、「いわゆる時代考証的なものはほぼないです。ファンタジーにした理由はそういうことをやらなくていいからですね。思想的な部分でサルトルやヘーゲルやフーコーも出てきますが、どれだけ書かないようにするかに凄く意識を使いました」。哲学を嗜んでいたこともあり、書き出すと延々と議論が続いてしまい「鬱陶しいので削りました」とのこと。参考になったのが「高校生が使う倫理の教科書と資料集です。そのラインまでしか書かないと決めました」。執筆の際に参考にしたい資料との向き合い方だ。

 発表の場が小説投稿サイトの「小説家になろう」になった理由も語られた。「20年ぶりに書いて、ネットに上げようと思ったときに、小説を発表できる場所を検索したら出てきたのが『なろう』でした」と樽見。「小説家になるつもりはなく、自己満足が得られれば良いと思っていましたが、今は夢でも見ているようです」とヒットぶりに改めて驚いていた。本条は、「新人賞に応募しようと思いましたが、昔の知識しかなくプリントアウトして束で送るイメージがあってそれは嫌だと思いました。そうした時にボタンひとつで世界に公開できる場所があると知ってポチッとしました」。こちらもネットを通して大勢に読まれ、書籍化され今のヒットへと繋がった。

 『オルクセン』といえば濃密な食事のシーンを描いた「オルクセン飯」で知られる。どうして食事のシーンが豊富なのかを聞かれた樽見は、「食べるのが大好きで、あと池波正太郎先生が料理で季節感を出したかったと仰られているように、料理を描写することで周りを表現できるからです」と返答。「料理を変化させれば季節感も置かれた環境も出せます。あと、難しい説明と説明の間に入れることで、料理なのに【箸休め】になっています笑」と、難しい描写が続くことで起こる読者離れを防ぐ意味があったことを明かした。

 『暗君』の場合は腕時計が印象的だが、「スマートウォッチがある時代には無用なものですが、それに膨大な手間をかけ、色々な人が努力しているという無用の用があります。マネーゲームの対象になっている一方で、マニアックな審美眼の世界でもある。それがひとつの物体に込められていることを描きたかったんです」と、腕時計が持つ歴史であり存在の複雑さへの関心が伺える。こうした思索の深さが作品のディテールの確かさにも繋がっていそう。

 どうして書き続けられるのか。作家として重要なモチベーションについて本条は、「人間は頭の中に持っている思いを言語という媒体を使って伝えていきます。それを受け取った側で新しい何かが生まれます。自分の中から生まれたものが皆さんの中に入り込んで影響を与えていく。その気持ちよさがモチベーションですね」と、誰かに何かを伝える喜びを挙げた。樽見は、「創作するなら創作を楽しみます」と、その行為自体に喜びを見出すタイプ。そこから離れた時は車なら車、カメラならカメラにのめり込む。「趣味が多すぎて印税が消えます」。

 そんな樽見の今のマイブームは古い自動車のレストアで、トヨタパブリカのコンバーチブルを直しているとのこと。「フィールドキッチンの実物をレプリカでも良いから作ろうと思っていて、それをけん引できる車が欲しいんです。三菱ジープの古いのとか、『コンバット!』で走っていたウイリスMBジープとか」と夢を語る樽見に、本条が「これが本物のブルジョワ(笑)」と返すあたりに、2人の和気あいあいとした様子が伺えたトークイベントだった。

本条謙太郎【左】、樽見京一郎【右】

■作品クレジット
『汝、暗君を愛せよ』(DREノベルス)
©Kentaro Honjo Illustration by toi8

『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』(サーガフォレスト)
©Kyouichirou Tarumi ©HIFUMI SHOBO イラスト/THORES柴本

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