村山由佳、山田詠美、朝井リョウ……2025年に小説家たちが挑んだテーマは? 芥川賞・直木賞「受賞作なし」後のトレンドを読む

 2025年下半期の純文学および一般文芸のトレンドをふり返れとの指令を受けた。その場合、すぐに思い浮かぶのは、残念ながら景気の悪い話である。同年7月16日に第173回(2025年上半期)の芥川賞と直木賞の選考会が開かれたが、いずれも該当作なしと発表された。両賞とも受賞作がなかったのは1998年1月(1997年下半期)以来で、賞のスタートからは6回目である。両賞は出版界のお祭りみたいなもので、必ずしもいい作品がなかったわけではないだろう。とはいえ、数ある文芸の賞のなかで最も有名な2つだから、本屋の店頭の華やぎが減じたのは否めない。

 皮肉だと思ったのは、『ダ・ヴィンチ』2026年1月号に掲載された読者投票で決まる「ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 2025」の1位が、村山由佳『PRIZE-プライズ-』(2025年1月刊)だったことだ。村山本人は2003年に『星々の舟』で第129回直木賞を受賞しているが、『PRIZE』はベストセラーを出しているのに文壇から評価されず直木賞を獲れていない作家の物語なのだ。同作は、直木賞が発表される媒体でもある『オール讀物』に連載後、書籍化された。受賞までの悩み苦しみを自らも経験した作家による業界内幕ものである。四半世紀以上ぶりの該当作なしという事態が、『PRIZE』への関心を高めた面はあるようだ。

 一方、両賞の結果が発表される少し前の7月3日には、英国推理作家協会が主催するミステリー・犯罪小説の文学賞であるダガー賞翻訳部門を王谷晶『ババヤガの夜』(2020年)が受賞していた。日本人作家初の栄冠である。同作は純文学雑誌の『文藝』2020年秋季号が初出だが、女性主人公によるハードボイルド作品であり、書籍化以後は広義のミステリーとしても話題になっていた。ダガー賞受賞でさらに評判が高まった形だ。ちなみに同賞では、柚木麻子『BUTTER』(2017年)も最終候補になっていた。木嶋佳苗の事件から着想を得た犯罪者をめぐる物語である。

 日本の現代文学は海外で翻訳されるケースが増え、2010年代後半以降は、特に女性作家への評価が目覚ましい。なかでも注目されている1人の村田沙耶香は、国内では昨年11月5日に『世界99』(2025年3月刊)が野間文芸賞を受賞した。差別や生殖などをモチーフにした、現時点での著者の集大成ともいえるディストピア大作である。

 さらに昨年は、金原ひとみが文芸業界を舞台に性的搾取をあつかった『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』(4月刊)、綿矢りさが女性同士の恋愛を書いた長編『激しく煌めく短い命』(8月刊)を発表した。2023年に『ハンチバック』で自身と同じ障碍を持つ主人公を描き、読む者に衝撃を与えた市川沙央も、第2作『女の子の背骨』(9月刊)を書いた。

 一方、2025年は戦後80年の節目であり、『すばる』7月号、『群像』9月号、『文藝』秋季号が戦争特集を組んだ。『新潮』8月号が、『DJヒロヒト』(2024年)の著者・高橋源一郎と松原仁之による天皇小説など政治と文学をめぐる対談を掲載したのも、それらの特集に類するものだろう。それらの企画は、戦後80年のふり返りに加え、世界で進行中の現在の戦争も視野に入れたものだったはずだが、古い過去、遠い海外を対象にしているためか、大きな話題にはならなかったように感じる。また、中村文則『彼の左手は蛇』(10月刊)など男性作家にも注目作はあったが、2025年が終わってみると、ここ十数年続いてきた女性作家の活躍が、なかでも目立った1年だった印象がある。

 この原稿にあげた女性作家の多くが、フェミニズム、ジェンダー、マイノリティといったテーマをあつかっている。目を引いたのは、『文藝』2025年冬季号の山田詠美と松浦理英子の対談だ。山田はデビュー40周年の昨年、『三頭の蝶の道』(10月刊)で、今なら女性作家と呼ばれる人たちが「女流作家」と呼ばれるなかで矜持を抱き執筆した時代を描いた。一方、山田よりも作家デビューが早い松浦は、『新潮』2025年10月号に3年ぶりの作品『今度は異性愛』を発表した。対談で二人は「シスターフッド」という言葉を批判している。山田は「女たちを塊にして書くんじゃなくて、女たちの一対一がさまざまにある。単数のほうが複数よりもセクシーだと私は思うのね」といい、松浦は「一作家としては美しいシスターフッドよりダサい孤独と下卑た欲望を書きたい」と語っている。

 特定の作家や作品を批判した発言ではないが、先に触れた王谷晶『ババヤガの夜』の初出は『文藝』の「覚醒するシスターフッド」特集だった。近年、女性作家の作品に関してしばしば使われた、その流行語の火付け役といえる雑誌で、山田と松浦はあえて批判を口にしたわけだ。それに対し、次号の『文藝』2026年春季号では、水上文が季評「たったひとり、私だけの部屋で」で2人の批判に対し、「彼女らも含めて「女流作家」の軌跡に敬意を払うならば、長く男性中心的だった文学の世界で軽んじられてきた「シスターフッド」を描こうと試みる今の作家や伴走する編集者らの努力も同様に敬意をもって扱われて良いのではないか」と反論している。女性作家隆盛の状況で浮上した議論であり、今後注目したい点だ。

 フェミニズム、ジェンダー、マイノリティなどを背景とした作品では、性自認などアイデンティティがテーマとなるのに対し、他者への依存や承認欲求ともなるのが、推し活である。朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』(9月刊)は、アイドルの物語を作り運営する側の父と、アイドルの物語に呑まれ推し活に没頭していく娘を描き、現在の世相をとらえていた。この作品とアイデンティティをあつかった作品は、裏表の関係にあるだろう。トレンドといえるかどうかわからないが、それが現在なのだと思う。

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