『東大理三の悪魔』幸村百理男が明かす、異形のSFファンタジー誕生の背景「数式が描き出す世界の美しさにただ圧倒された」

 幸村百理男『東大理三の悪魔(1)』(宝島社文庫)は、東京大学理科三類に入学した主人公・タムラノボルが“真の天才”というべき間宮と出会い、やがて世界の真理に迫るような思索へ挑むという内容の小説だ。もともとKindleの個人出版で刊行されていた作品だが、独特の論理展開と、ファンタジーともSFともつかない世界観が話題を呼び、宝島社から文庫シリーズとして刊行された。

 第2作『東大理三の悪魔(2) 東大病院の天使』では、学生実習中のノボルが宇宙の真理に迫る体験をする。さらに第3作『東大理三の悪魔(3) マウナケア・プロジェクト』では世界を牛耳る財閥の本拠地に足を踏み入れたノボルが、摩訶不思議な世界を垣間見る。また第4作『東大理三の悪魔(4) Another story 隣り合う世界の君へ』は雰囲気がガラリと入れ替わり、タムラノボルならぬ、田村昇という名の研修医の視点からリアリティ溢れる外科病棟の様子が描かれる。こちらは第1作の雰囲気を色濃く残したスピンオフ作品だ。

 既存のジャンルを越える異形の小説シリーズはどのようにして書かれたのか。著者本人に話を伺った。

色々なものが偶然つながっていった

――幸村さんご自身が配信されているYouTubeの中で、日本ホラー小説大賞(現・横溝正史ミステリ&ホラー大賞)へ作品を応募し、一次予選を通過した経験があるとお話していました。その時はどのようなタイプの作品を書いたのでしょうか?

幸村百理男(以下、幸村):もともとはホラーではなく、時間遡行を題材にしたSFファンタジーでした。大学時代に小説を書く同級生がいて、その影響で僕も書くようになったんですけど、そのうちの何作かを彼に読んでもらって、一つだけ「これは良かった」と言ってもらえた作品がありました。それを加筆修正して、ホラー風のタッチに変えて投稿したんです。

ーー『東大理三の悪魔』でデビューする前は、読者としてどのようなタイプの小説を好んで読んでいましたか?

幸村:実はあまり小説を読まない方なのですが、村上春樹や宮部みゆきは学生時代に読んでいました。最近ですと十年くらい前に遡るんですが、貴志祐介の本を読んでいた時期があります。

ーー第1作についてご自身では「SFファンタジー」というジャンル区分で紹介しています。同書の「最もSF的であると感じる部分」と「最もファンタジー的であると感じる部分」を教えてください。

幸村:まずSF的な部分について話しますね。僕はSF映画を好んで観る方でして、好きな作品もたくさんあるのですが、そのどれよりもロマンを感じるものがアインシュタインの一般相対性理論なんですね。とは言っても齧る程度なんですけどね……それでも、そこに描かれた美しい数式を眺めていると、この世界には設計者がいることを確信せざるをえない気持ちになるんですね。

 なんて偉そうに話していますけど、実際には深く理解しているわけではありません(笑)。それでも、その数式が描き出す世界の美しさにただ圧倒されたことは事実です。それは僕にとって、どんなスケールの大きいSF映画よりも奥深く、眩しい世界に見えました。だからその時に感じた躍動を、どうにかして小説の世界に吹き込みたいと思ったんです。

 ファンタジー的な部分でいうと、イマジナリーフレンドの“彼”の存在でしょうか。はじめ空想だったものが、だんだんと現実世界に影響を与え始めていくという。あとはウラ世界や論理球の存在などがあげられますかね。

ーー本書では創世記を特殊相対論と結びつけて解釈していく場面が小説としての肝になっています。こうした宗教が提示する教義や物語を現代科学と結びつけて解釈する、ということにはいつ頃から関心を抱いていたのでしょうか?

幸村:アインシュタインは、光の速度がどの系でも一定であるという「光速度不変の法則」を世界の設計者が決めた普遍の真理であると考えました。この発想が創世記の「光あれ」と似ているなと以前から思っていたんです。もしかすると旧約聖書に現れる預言者たちも彼と同じものを「見ていた」のではないか──書いているときにそんな発想が芽生えて、やがて天才間宮君の思考の源流となっていきました。

『東大理三の悪魔』を書いていたときは、毎日2~3時間ぐらいしか寝ないで、何かに憑かれたように小説を書き続けていたんです。神経がちょっとふわふわしている感じがあって、色々なものが次々と繋がる瞬間があったんですね。そういう過程で宗教や科学が結びついていきました。つまり物語を書いているうちに自然と結びついていったんです。

ーー創世記と相対論の結びつきはこの作品のハイライトだと思うのですが、それが執筆途中で出来上がったものだとは驚きです。

幸村:それは僕にとっても驚くような体験でした。意識がふわふわして、色々なものが結びついていって……その連鎖反応の中で間宮君が生まれたし、彼との会話が立ち上がっていきました。

 物語の回想編にも書かれていることですが、高校生の時に数学を学んでいく過程で、理論を考え付く人間と、それを与えられて勉強するだけの自分たちとの間には埋めようがないギャップが存在するなあと感じていたんですよね。ところが小説を書いていてふわふわした状態で色々な概念が有機的に繋がっていくとき、ふと思ったんです。もしかすると歴史上の偉人たちも同じようにふわふわした状態で、独自の論理に辿り着いたのではないか──この発想は作中の「論理球」や「ウラ三次元」に繋がります。

医師が経験する手術も「三次元の広がりを把握する行為」

ーー物語の後半ではウィリス家の存在など、第2作・第3作にも繋がる重要な設定がクローズアップされていきます。第1作執筆の時点でシリーズ全体の構造はどこまで組み立てられていたのでしょうか?

幸村:正直に言うと、1作目を書いていたときに続編は考えていなかったんです。 出版して落ち着いてから、“この物語はまだ終わってないんじゃないかな”と思って、続編の構想を考え始めました。シモーネと主人公をどのような形で再会させるかいくつか草案を考えたのですがどれもうまくいかず、そこで登場させたのがソフィアだったんです。彼女のアシストによって二人の再会が始まり、だんだんと物語を形作っていったんですね。

 作中でノボルが「ソフィアが導いてくれた」という表現をする箇所があるのですが、それはまさにソフィア自身が物語の運び手だったため、私自身の気持ちでもあります。あと『東大理三の悪魔』シリーズを書いた最初の目的は 、YouTube で話したことを小説にまとめたいということもあったんですね。過去に肝臓外科実習の話をして好評を博していたことがあり、この小説の舞台に設定しました。

ーー第2作では、現在と過去を往還する様な形で物語が進行する箇所があります。SFファンタジーというより幻想小説のような要素も入り込んでいる気がしますが、このように敢えて読者を惑わすような記述を入れた意図を教えてください。

幸村:意図的に惑わそうと思って書いたのではなく、ふだん自分が経験している感覚をそのまま文章にしたら、このような記述になったという感じですかね。僕はたまに酷い目の覚め方をすることがあるんです。「どこだ、ここは?」という感じで(笑)。そんなときふと「今までとんでもなく遠い場所を彷徨っていたんじゃないか」と思うことがある。 一秒後には「ああ、今は病院でうたた寝していたんだ」と我に返るのですけれどね。ところでこの「遠い場所にいた」という感覚、もしかすると物質と精神の二元論の端緒になるものなんじゃないかなあと妄想することがあるんです。つまり物質と精神は本来は別のものだけれど、普段は心と体が重なったような状態で生きている。しかし、睡眠の最中は精神が肉体から離れているのかもしれない。そういう状態を小説でそのまま表現したら、あのような記述になったのだと思います。

ーー病院が舞台であるため医療小説の要素も少し入っていますが、医師たちが次元論で物事を語る場面があります。このような会話は幸村さんご自身が研修医として勤務している中で経験した事なのでしょうか?

幸村:そこは完全に創作です。しかし私自身も年間千件は眼科手術をこなしている外科医の端くれではあるので、手術の哲学はもっています。例えば水晶体の「三次元的な広がり」を理解することは大事で、その考えを小説の世界に落とし込んだら、あのような形になりました。

20年間残っている記憶を話すとそれなりに面白い

ーーウィリス家の構想はハワイで生まれたと、第2作文庫版のあとがきに書かれていましたね?

幸村:そうですね。「東大理三の悪魔」の構想はハワイ旅行中に練っていました。ホテルの海岸沿いのテラスで朝食をとっていたんですけど、近くに欧米系の家族がいらっしゃって。昔ながらの大家族という感じでテーブルを囲んでいて、すごい大富豪の雰囲気を放っていたんですよね。作中のウィリス家の描写は、そのシーンに影響を受けて描いています。

ーー第3作は時系列的におかしな点がある文書がでたり、衝撃的なアイテムがいきなり出てきたりと、前2作と比べて娯楽小説としての要素が多いと思うのですが、こちらは意識的に入れ込んだものなのでしょうか?

幸村:それは意識していたと思いますね。1、2作目は世界観の提示が強くなったので、逆に3作目はエンターテインメントとして物語をしっかりと作り込まねばならないという考え方に自然となっていきました。

ーー第4作はアナザーストーリーと言う事ですが、シリーズの中では最も日常的な描写の多い、医療青春小説の要素が濃い作品になっています。アナザーストーリーでこのようなテイストの作品を書かれた理由を教えてください。

幸村:3作目で書いていることは非常に虚構が強くて、すごくファンタジックな世界に飛び立っていくような感覚があるんですね。一方で地に足がついた世界を同時に書いていて、それが4作目『隣り合う世界の君へ』の原案だったんです。隣り合う異世界を一章ずつ交互に並べていく、デュアルプロットとして物語を書いていたんですけど、そうするとどうしても両者の世界観が入り混じってしまって、どちらも中途半端な形になってしまいそうだった。だから先に3作目を完成させ、少し間を明けてから4作目に取り掛かりました。結局最初に書いた原案は全て書き直しました。実は4作目は二回、物語の再構成と書き直しを行なっています。これは非常に苦渋の決断だったんですけど、十万字近い物語を破棄して一から書き直すということを二回も繰り返したんです。今の物語には、当初のディテールの一部が残されています。だから過去の三作よりも深みのある物語となっているはずです。

ーー序盤におけるぬいぐるみのエピソードなど、医療現場のディテールが第2作よりも書き込まれていると感じました。4作目では幸村さんの実体験はどのくらい反映されているのでしょうか?

幸村:医師として実際に体験したことを盛り込んだ形になっています。やっぱり結局、自分が体験したことじゃないとリアリティがないんですよね。あと研修時代は20年前なんですけど、20年間残っている記憶ってのはそれなりに印象的だったからこそ残り続けているわけで……実際、YouTubeでそのエピソードを話してみると面白いと反響がある。例えば研修のとき周った外科ではみんなで揃ってから食事を始めるというルールがあって、当時の僕はそれが本当に嫌だったんですけど(笑)。でもそれも、いま思い返すと面白いですよね。

ーー研修が終わったあとに焼肉屋へ行った話など、3作目までの良い意味で浮世離れした感じから、読者の日常にぐっと近くなった感じがしました。

幸村:まさにそういうことを意識して書いたので、そういうことを感じてくれれば非常に有難いです。

ーー幸村さんは、仙川環さんの『処方箋のないクリニック』に文庫解説を寄せていますね。

幸村:僕が小説を書く前に“あとがきを書いて欲しい”とお声がけいただいて。『処方箋のないクリニック』は文章を書く上でとても参考にさせてもらった作品で、小説を書き始めるきっかけをいただいたことにすごく感謝しています。

ーー今後、執筆を予定されている作品の構想やアイディアなどがありましたらお聞かせください。

幸村:それは一応あるんですけど……自分が体験したことしか書けないと思うので、そうなるとやっぱり眼科医についてなのかなと。みなさんがどれだけ興味あるかわからないんですけど(笑)。ただ、眼科の世界には独特の空気があるので、小説にすればなかなか楽しめる物語が出来上がるのではないだろうかとは思っています。

■書誌情報
『東大理三の悪魔(1)』
著者:幸村百理男
価格:820円
発売日:2025年12月3日
出版社:宝島社

『東大理三の悪魔(2) 東大病院の天使』
著者:幸村百理男
価格:860円
発売日:2025年12月3日
出版社:宝島社

『東大理三の悪魔(3) マウナケア・プロジェクト』
著者:幸村百理男
価格:880円
発売日:2026年1月8日
出版社:宝島社

『東大理三の悪魔(4) Another story 隣り合う世界の君へ』
著者:幸村百理男
価格:840円
発売日:2026年1月8日
出版社:宝島社

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